止まない雨
――― side S;
何かに掴まっていないと、足下の穴に落ちそうだった。
ぽかりと広がった、暗くて深い闇の穴に。
だから、掴んだ。
けれど穴も消え、掴んでいる理由はもう無い。
「―――雨、止まへんな……」
困った声色に、心外だとばかりに顔を上げた。
思ったよりも近い距離に、僅か身を離す。
「……泣いてねえけど」
「―――そうなん?」
「どっちかっていうと、お前の方が泣いてるみてえ」
雨に濡れている、心底困った顔の方が。
―――濡れているのはお互い様なのだけれど。
今度こそ彼の腕を掴んでいた手を離し、雨垂れが邪魔な髪をかき上げた。
「帰る」
「ち―――ちょお、どっかで休んだ方がええって。そこのサ店なんか」
「馬ー鹿」
「なっ」
「こんな濡れネズミ二匹、何処入れんだよ」
彼に背中を向け、歩き出す。
「おい、傘」
「もう差してもイミ無いし。いらない」
「やからって俺に持ったまま歩けっちゅうんか」
「英国紳士みたいでいいじゃん」
「遠慮するわ……」
後ろで続いている愚痴を聞き流して、顔を軽くぬぐった。
何かに掴まっていないと、足下の穴に落ちそうだった。
ぽかりと広がった、暗くて深い闇の穴に。
だから、掴んだ。
掴んだのが彼だったのは、偶然ではないにしても。
end.