rat-a-tat


 

 

 予定の時間より少し早くに着いてしまった。
 とりあえず客人と待ち合わせていた場所に確認をしようと携帯電話を開いた。直接行っても構わないけれど、自分の用では無いだけに一応先に連絡を取るつもりではいた。
 応答したのは彼ではなかった。
『――こちら、毛利探偵事務所です』
 只今出掛けております――との留守電のメッセージを無視し、話しかける。
「まいどー。俺やけど誰も居らんのか?」
『御用のある方は』
「もしもーし。誰ぞ居るやろ。御用ならあるでー」
『……何だよ』
 まくし立てていると不機嫌な声が電話に出た。子供の声。
 いつもなら子供は事務所の電話には出るなと言われているらしいが、ここまで発信元が分かれば出ざるを得ないだろう。
「お、居ったやん」
『電話口でうるさいんだよテメーは』
「せやかて、用事があるから掛けたんやで」
『で、コッチに掛けてくるなんて何の用だよ』
 煩がってはいるけれど、用があるなら直接本人に連絡するであろう自分がわざわざ事務所に電話を掛けてくるまでの用事が気になるらしい。
 しかも、「コナン」ではないこの容赦ない喋り方。周りにはおそらく誰も居ない。
「工藤、お前今ひとりなん?」
『らしいな。おっちゃんはどっか行ったまま帰ってこねえし、蘭は部活』
「オッサン居らんのか」
『ああ。客が来るからすぐ戻る、とか言ってたけど』
「したらひとりでおるすばんなんかー、えらいなー」
『……切るぞ』
「まあまあ。で今何しとるんや?」
『おっちゃんの資料読んでる』
 彼は宝の山で至福の時を過ごしているらしい。そら楽しそうやなと応えて、思い出した。
「……ネズミ、囓りに来とらんか」
『はあ?』
「せやから、ネズミが」
『聞こえてっけど。何だよそれ』
「ん――、こっちじゃそうは言わんか。ひとりで留守番しとるとな、ネズミが囓りに来るんやて。せやから、留守番するヤツには『ネズミに囓られんよう気いつけや』って声掛けるんや」
『へえ。はじめて聞いた。わざわざ囓りにお出ましってか』
「ひとりで淋しいやろってな、遊びに来るんやな。ネズミが」
『遊び相手って意味……に取るのか?それ』
「やからな、淋しがってへんかて」
 なんとなく。
 彼がひとりで居ると聞いたものだから、そんな言い伝えなどを思い出して。
「ネズミが囓りに来たで」
『――はあ?』
「始めて俺がソコ行った時、俺がした事してみ」
『――』
 少しして、頭上から窓を開ける音が聞こえた。
 見上げ手を振る。
 信じられないモノを見たように彼の瞳が見開かれた。
『――もしかして、これから来る客って』
「半分正解。俺の親戚が東京に居ってな、何や『稀代の名探偵毛利小五郎』を紹介して欲し言うから親父が俺を寄越したんや。で、待ち合わせ場所が」
『ここって事か』
 見上げながらする電話の、声の遣り取りは不思議な遠近法だ。
 姿は遠くても、声はすぐ側で。
「まあな。毛利のオッサンから聞いとらんかったんか?」
『全然。……てか、本人自体約束忘れてっかもよ』
「そら困るわ。ほな、とりあえずソコ行くし」
『やだね』
「何やと」
『ここは探偵事務所だから、依頼人は入れてもネズミは入れねえよ』
「探偵は入れるやろ」
『ネズミだろ』
 にべもない台詞に頭を掻く。やけに攻撃的な物言いが妙に引っ掛かった。
「……かー、ったくつれないやっちゃなー」
『誰のせいだよ』
「俺のせい言うんか」
『来るんなら先に連絡位寄越せっての』
「まあ……せやかて」
『――で?』
「何が」
『いつまでそこ立ってる訳?上がってくれば』
 窓がぴしゃりと閉じられた。
「……ホンマ、囓ったろか」
 携帯電話を握りしめ、笑んだ口で毒づきながらも事務所の階段に向かう。
「聞こえてんだけど」
「――おわ!?」
 上から声が降ってきた。

 

 

 

 


end.

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12810御礼、テーマは「お留守番」でした。
最初はいつも通り平新で考えてましたものの詰まってしまい、
試しにと平コで考えはじめたらあれよあれよとまとまってしまいました。
平コでもお許しくださいましてありがとうございましたらきあ様!
でも平コなだけに色気落としてしまってごめんなさい……リクエストありがとうございましたー。
ちなみにタイトルは「(ノックなどの)トントン(ドンドン)という音」という意味なのですが
ドアノックするまえに終わっちゃいました(爆)
こ……こころのとびらをのっくしたということでひとつ……げほげほ。


 

 

 

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