吹き抜ける五月の風

 

 

 軽く吹き抜ける五月の風が、顔に優しく触れていった。
 やわらかな午後の日差しに映える緑の芝生。さわさわと葉を揺らす風。
「……気持ちええねえ」
「そうだね」
 思わず和葉が息を吐くと、蘭も軽く伸びをした。
 目の前には湯気を立てる紅茶のカップ。
 オープンカフェといっても、道路の前で排ガスと共に茶を頂くような場所ではない。
 美術館の中庭に面しているここは、今の季節本当に心地がよい。
「ねえ、和葉ちゃん」
「ん、なに」
「誘ってくれてありがとう」
 心底嬉しそうな表情にこちらも笑顔になる。
 彼女を嬉しくさせたのは自分なんだ、という事がやけに嬉しい。
「そんな、礼なんか言わんといてよ。たまたま招待券貰っただけなんやし」
「でも、面白かったよ」
「アタシも絵の事なんてさっぱりやけど、来て良かったわ」
「うん、良かった」
「やっぱり、あたしら二人だけで来て良かったねえ、蘭ちゃん」
「男の子にはこの良さは分かんないよね、きっと」
「そうそう。平次や蘭ちゃんのおっちゃんが居たらこんなにまったり出来んわ」
「事件に呼ばれちゃったもんね。コナン君までついて行っちゃったし……」

 彼女の表情がにわかに曇る。
 沢山事件に遭遇しているというのに、いまだ馴れていないところが彼女らしい。
 けれど、この空間には似合わない。
 自分の前でそんな表情をして欲しくない、と殊更に明るく振る舞う。
「まあええって。あたしらが戻る頃にはもう解決しとるやろし」
「そうだよね。……あ、ねえ和葉ちゃん。さっきの絵ってさあ……」
「うんうん。アレやろ?蘭ちゃん気に入ってたヤツ」
 ゆっくりと流れる時間が殊の外愛おしい。
 手元にたぐり寄せてこころに詰めたくなる程の。
「……和葉、ちゃん?」
「―――ん……?」
「何かボンヤリしてたよ。大丈夫?」
「あ―――ちょっとだけ、疲れたんかなあ」
「絵って見てると、思ったより疲れるもんね。大丈夫?」
「ああ、大丈夫やって。蘭ちゃんに心配して貰えるなんて嬉しわあ」
「何言ってるの。あたしの得意技は心配する事なんだから」
 言って、にっこりと笑った。
 寂しさのかいま見えたその笑顔に、胸の奥深くが疼いた。
「……なあ、蘭ちゃん」
「なあに?」
「あ―――ゴメン、何言うか忘れてもうた」
「なによそれ」
「ゴメンゴメン、思い出したら言うわ」
「もう―――」
 今度こそ彼女は笑顔になった。
 安堵して、嘘をひとさじ置いて痺れた舌に紅茶を流し込んだ。

 

 吹き抜ける五月の風が、彼女の香りを呼び寄せた。

 

 

end.

 

「きっと五倍」

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