1coin
「もう!青子の話聞いてるの!?」
「あー、怒鳴らなくたって聞こえてるってこんな距離じゃあ」
「じゃあ何て言ったか分かる?」
左手の甲に置かれるコイン。上にかざした右手を滑らせ、存在を消したかと思えばポケットから取り出す。
会話を続けながら無意識に動かしているだろうそれは、隙が無く滑らかだ。
「『キッドまたお手柄!』だろ?」
「ちがーう!」
昼下がりの教室で繰り広げられる彼と彼の幼馴染みとの会話はいつもながら傍で聞いている分には面白い。
「そんな事言う訳ないでしょう!快斗、そんなに手持ちぶさたなんだったら青子の肩でも揉んでよ!」
「はあ?何で俺が」
「青子は聞き分けの無い快斗に怒ってばっかで疲れちゃったの!」
「んなの知るかって。どうしても、って言うんなら金取るぞ」
「いいわよ」
机の上に投げられた銀色の硬貨に、技を失敗したかと彼の視線が下がり――再び上がった。
「どうかしら?」
「紅子ちゃん!」
「さ、お願いするわね」
するりと会話に交じった紅子が快斗の隣席に腰を下ろす。
「……んな端金じゃ、1分が相場だ」
「構わないわ。貴方のコインマジックの足しにでもして頂戴」
「じゃあ、次青子!」
「……カンベンしてくれよ……」
頭を抱え力無く呟く彼と目が合った。
さりげない振りで逸らされた。
「大盛況だったみたいだね」
「まあな。小金持ちだぜ、俺」
一段落着いた所で声を掛ける。
机の上に何枚もの硬貨が乱雑に転がっている。
紅子と青子の後にマッサージ希望者が殺到した挙句の売り上げだ。彼をマッサージ師に仕立て上げた当の彼女達は処置後何処かへ行ってしまったが。
銀に光るそれを手指に絡ませながら財布へ落としてゆく彼の背後から、肩へ手を掛けた。
「――っ!」
一気に緊張が膨れあがるのが分かった。
こんな呑気な学園生活の中ですら、彼は確かに神経を研ぎ澄ましている。下手に突いて刺激しないよう、努めて平静を装った。
「……君も肩、凝ったんじゃないかい?」
「そりゃ――いいように使われたしな」
「少しはほぐした方が良いと思うけど」
「だからって、何でお前が」
「いいから」
「何――が」
怪訝、というより不審顔の彼に構わず、首の後ろから両肩へ指先で圧力を掛ける。
手を渡し、鎖骨の上に沿って揉みほぐす。
「結構上手いだろ?」
「俺の方が上手いね」
「だろうね」
先刻の彼の鮮やかな手先を思い出す。
マッサージをしながら、個々人の身体のパーツを確かめているような。そんな仕草。
「君のは仕事のひとつでもあるだろうし」
「……っかんねえけど」
「説明するまでもない、って事にしとくよ」
制服のシャツ越しに、彼を確かめる。張り詰めていた神経が少しずつほぐれてゆくのが手に伝わる。
二の腕までを往復し、指圧を続ける。
首の付け根、首筋、肩胛骨。
おそらく全てを許している訳ではないだろうけど、気を少しばかり抜いている背中。
無言になっている彼を眺めている内につい悪戯を仕掛けたくなって、首筋から手を引き上げる時に立てた爪を軽く引いた。
ぴくりと身体が下で跳ねた。
「――っ!」
「あ、ごめん。うっかりしてた」
「……な、にが」
即座に身体を庇い紅潮した顔で睨みつけてきた彼に苦笑で返す。
「だから、うっかりしてたんだって」
「冗談じゃねえっての……」
「ああ、跡が付いたね。大丈夫?」
首に引かれた朱の線に触れようとした手が弾かれた。
「触んな!」
「はいはい。じゃ、代金貰っておくから」
「――は?」
机の上に残っていたコインを一枚、指で弾いて手に取った。
「1分100円、だろう?」
「……鷹に引っかかれた俺が何で金払うんだよ」
「やだなあ、それは――仔山羊に対する親愛の印、だよ」
笑んで言うと彼は慌てて襟元を隠し、更に赤くなってふいと横を向いた。
「……っかんねえんだけど」
「それじゃやっぱり、説明するまでもない、って事にしておくかな」
end.