永遠の子供 <the eternal child>


 

<VI>

 

 現場検証を入り口から二人で覗いていと、警官の一人に見つかった。
「こら、ここは子供の立ち入る所じゃないよ」
「ごめんなさい。でも、邪魔しないから、ちょっとだけ」
「駄目だよ。家族の人の所に戻りなさい」
「せやな。戻ろか、ボウズ」
「………」
 コナンは弾かれたように顔を上げた。いつもなら無理を押し切って行動する筈の平次が素直に言う事を聞くということが分からない。
 どちらかというとこの事件に乗り気では無いらしい、というか必要以上に自分を事件から遠ざけようとしているような。
 夢は、あくまで夢でしかないというのに。
「おーい、誰かこの家の人に、携帯の充電器を持って来てもらえるよう言ってくれないか」
「どうしたんですか」
 奥から声がして、コナン達の相手をしていた警官が振り返った。
「携帯、バッテリー切れてるんだよ。これじゃあ肝心の遺書も読めない」
「あ!僕行って来るよ」
「え、ちょっと―――」
「家の人に頼んでくるから、待っててね」
「おい、くど―――」
「お前も行くんだよ……ね、平次兄ちゃん」
 最後には子供っぽい笑みを浮かべ、警官が制止する前に本館へと走り出した。

 

 応接室ではこの屋敷の住人達が、小五郎を交えてこれからの予定について小声で話し合っていた。警官は数人居り、かわるがわる事情を聞かれてはいるもののそれ程束縛はされていない雰囲気だ。
 蘭は降りてきた紅莉の代わりに黄莉の側についていると言っていたが、見る限りまだ戻ってきていないようだった。
 紅莉さん、とコナンはスーツの裾を引いた。
「ねえ紅莉さん、警察が充電器貸して欲しいっていうんだ。鏡也さんの携帯、バッテリー切れなんだって」
「だったら、鏡也さんの部屋へ案内するわね」
「いや、鏡也サンの部屋は現場検証終わるまでそのままにしておきたいんやって。せやけど同じ型の紅莉サンのなら、当然同じ充電器やろ?代わりに紅莉サンの貸して欲しいって、警察が言っとって」
「………」
「―――分かりました。私の部屋は黄莉の隣です。今案内を……」
 立ち上がろうとした紅莉に、絳河が声を掛けた。
「おい、紅莉……ちょっと」
「はい、先生」
「鏡也の進めていた展覧会、あれは―――」
「ええ、それは私が―――」
 話は待っていても終わりそうにない。切り上げるべく平次は告げた。  
「取り込み中やな。したら俺等で取りに行ってくるわ」
「あ―――」
「……何?」
 紅莉は開きかけた口を閉じ、首を振った。
「いいえ、すみませんがお願いします。充電器、机の上にありますから。これ、部屋の鍵です」

 

 鍵を回すと、シンプルそのものの部屋が現れた。
 全てがモノトーンで構成されている部屋を見て、平次は思わず溜息を吐いた。
「白と黒しかないんか、彼女の中には」
「あるよ―――名前にね」
 紅莉の言う通り、充電器は黒い机の上に置かれていた。
「なあ、なんでや」
「何が」
「あないな芝居してまでここに来たかったんやろ?警察の言うてたこと曲げて、俺に台詞喋らせて」
「俺より、お前が言う方が説得力があるし。それにちょっと、捜し物あってさ……充電してたのかな」
 ハンカチをまとった手で充電器に触れる。コンセントを差し込んであるそれは熱を持っていて、あたたかい。
「充電終わってもコンセント差したまま、ほっぽっとく奴おるやろ」
 コナンは次いで充電器の周りを見た。机の上、床の上。
 黒に沈む中、浮かんだ小さな光。
「―――これ」
 黒くて小さなカケラ。
「それって……まさか」
 平次の頭の中で館の出来事がくるくると廻る。紅の館、黄の館。
 それに、滅多に電波の入らない、携帯電話。
「―――ああ、そやったんやな」
 一息吐いて、呟いた。
「せやからあの時、あんな大仰な……」
「ああ、おそらく。―――なあ、服部」
「ん?」
「俺は、あの人に自首してもらいたいと思う」
「工藤」
 気づかなければ、自殺として収まりがついただろう。ある意味、円満に。
 けれど、分かってしまった。
 ならば、せめて自分から申し出て欲しい―――申し出てもらえるように、導きたい。
 こんな時、コナンは視線を決して合わせようとはしない。ポーカーフェイスというか、無表情だ。
 それでも、黒いカケラを見つめる瞳、そして引き結んだ唇。横顔に諸々の感情を見いだして、平次は自分の事のように胸が痛んだ。
「まだちゃんとした証拠は無い。でも、きっとあの中に―――」
「ああ。けど”あの中”に無ければ状況証拠のみやな」
「まあね」
 コナンは充電器を平次に渡した。
「これ、警察に渡しといて。一応メールの確認と―――”あの中”の事も」
「勿論や。せやけど、お前はどうするんや?」
「黄莉ちゃんの部屋に居るよ」
「―――」
「蘭には上手く言って代わってもらうさ。それで、」
「それで?」
「―――警察が帰ったら、そこに呼んで来て欲しいんだ。二人で話したい」
 見上げ、言うとコナンは、笑った。
 それは確かに、工藤新一の笑みだった。
 淋しさを詰め込んだその顔は、誰を、とは言わなかったし、聞くこともなかった。
「―――分かった」
 承諾せざるを得ない平次に、コナンは耳打ちをした。
「そしたら、―――」
「……ああそうするわ。けどな、俺が来るまで待っとけよ。お前だけに危険なマネさせられへん」
「大丈夫だよ。分かってるって」
 到底分かっているとは思えないが、しかし誰も当てには出来ない以上、そして夢を夢で終わらせる為には自分が迅速に行動するほかはない。  
「なあ、ひとつだけ聞いてええか?」
「なに?」
 事が起こる前に、確認しておきたかった。分かっているとは思っていても。
「黄莉ちゃんの為、なんやろ―――」
「ああ……それと」
「?」
「―――俺の為でも、あるんだよ。服部……」
 ふいと目を逸らし、コナンは言った。

 

 黄莉は起きる様子もなく、静かな寝息を立てている。
 こころの時間は止まったままで、からだは時を刻んでいる子供。
 からだの時間は止まったままで、こころは時を刻んでいる子供。
「どっちにしたって永遠に子供のままなのかな……俺達」
 呟くコナンの背中で、ドアが開く音がした。
「コナン君、黄莉の側に居てくれてありがとう」
「黄莉ちゃん、まだ眠ってるよ」
「朝までぐっすりかもしれないわね。起こさないようにしなくちゃ」
「そうだね」
 振り返らず、黄莉を見ていたコナンの側に紅莉は立った。
「服部君に、コナン君を呼んできてって言われたの。黄莉は私が」
「―――警察、帰ったみたいだね」
「ええ」
「鏡也さん、自殺だったの?」
「そうみたい……随分難しい言葉、知ってるのね」
「まあね。紅莉さん、携帯返してもらった?」
「まだよ。なんか、鏡也さんからのメールを確認したいんですって。でも、蓋壊れちゃったしあんな事があったしで、もう新しく買おうかなって」
「自分の手で処分したかったのにね」
「……え」
 コナンは紅莉を正面に見据えた。
「このカケラ、見覚え無い?」
 ビニール袋に入れた黒光りしているカケラを、怪訝そうに眺める紅莉の目の前に差し出す。
「これ、紅莉さんの携帯のパーツじゃない?ほら、ひっくり返すと元の部分の銀色が見えるよ」
「………」
「”紅の部屋”で落としたときに飛び散ったのかなあ」
 肯定したものか否定したものか戸惑っていた紅莉の顔が明るくなる。
「あ、ああ―――きっとそうよ。あの時すごくびっくりして」
「そうなの?おかしいね」
「……なにが」
「だって、これ黄の館―――鏡也さんの死んでた部屋で見つけたんだよ?」
「―――!!」
 何かに打たれたように、紅莉の身体が硬直した。
「あの部屋でも紅莉さん、携帯落としたの?」
「………」
 押し黙った相手に、コナンは畳みかけた。
「バッテリーが切れたんだね。鏡也さんの。だから咄嗟にあなたは、同じ型の自分の携帯のバッテリーを外して、交換したんだ。でもその時に慌てて蓋を壊してしまった。だから鏡也さんからのメールを見た時、大袈裟に驚いて携帯を床に落としてその時に壊れたように見せたんだ」
「私が―――何を、したっていうの」
「鏡也さんを毒殺して、彼の携帯で時間指定のメールを打ち、自分宛に送った。でもメールを打ってる途中でバッテリーが切れたのは誤算だったよね」
「―――」
 外した視線を黄莉へと向ける。
 どれが彼女にとって一番良い方法かは分からない。けれど、自分が出来る事は。
「紅莉さん。自首して―――」
「そんなのは想像でしか無いじゃない」
「想像だけじゃ、―――!」
 鈍い音が頭で鳴り響いた。
 ゆっくりとコナンが崩れ落ちる。
「……そうよ、想像でしか無いのよ―――」
 花瓶を下ろした紅莉が意識を失ったコナンを抱え、部屋を出た。

 

「―――ううん」
 扉を閉じた音に、黄莉が反応して目を覚ました。
 半身を起こし、ぼんやりと閉じられた扉を見る。
「……あかり……ねえさま?」

 

 

 

 


<VII>
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