永遠の子供 <the eternal child>


 

<VIII>

 

「何処から話せばいいかしら?」
 紅莉は世間話を始めるかのように軽い調子で平次に聞いた。
 全員が集まった応接室で、自然と紅莉を囲みつつも誰もが違う感情を抱き、錯綜していた。
 警察も同席している中、紅莉が落ち着いていられるのは黄莉が傍らで手をぎゅっと握りしめているからだろう。
「せやな……鏡也サンのあたりからでどうや」
 そうね、と一呼吸置いて、紅莉が話し出した。
「彼―――鏡也さんは、自分の才能に手詰まりを感じていた。絳河にも染師の腕よりも、渉外担当として求められる事が多くて……だから、手っ取り早い”金”という価値を欲していたの」
「そうか、鏡也さんに先生の作品を盗ませていたのは貴女だったのか」
 目の端に居る自称名探偵が、今気付いたようで驚きの声を上げた。
 自分は分かっているけれども、ここは若い者に任せよう―――というような素振りをしていたが全くもって分からない事だらけに違いない。いっそ寝ていてくれた方がやりやすいが、それが出来る彼はここで、
 平次の腕の中で意識を無くしている。
 隣の蘭が心配そうに覗き込み、小声で聞いてきた。
「大丈夫?コナン君、救急車が来るまでソファに寝かせた方が……」
「ああ……でも、なんか服掴まれてて離さへんねん」
「そうなんだ、じゃあ離さないようにしててね」
「分かった」
 勿論そのつもりだったし、それに―――自分でも何故か離したくなかった。
「そうよ。時には鏡也さんの作品を絳河のものとして売ったりもしたわ。作品の価値なんて、人によっては作者の名前とイコールに近いでしょう?『先生が未だ世に出していない作品をお譲りします、勿論それなりの値段ですが』……ってね。最初は上手くいってた……けれど」
「で、仲間割れか」
「私は別に金にならなくても、絳河の価値を落とす事が出来ればそれで良かった。でも、彼はそうじゃなかった。絳河の弟子であるからこその、絳河の価値も必要だったのよ」
 娘に呼び捨てにされている事に、絳河は気付いているだろうか。
 紅莉が応接室に降りて来ても一度も目を合わせず、声も掛けず、抜殻になっている彼は。
 両脇に座している剣司と珠明は、彼を慮ってか流れてくる告白を只無言で聞いている。
「絳河に疑われていると不安がる彼を私は何度もなだめた。でももう限界だった。だから、私は十年前の事を話したの。話せば、彼も私と同じように絳河を憎んでくれると思ったから」
 十年前―――反応した黄莉は恐怖から逃れまいと、必死に紅莉の手を握っている。
「―――そうしたら、彼、何て言ったと思う?『先生は本当の芸術家だ……』ですって。しかもますます後悔してるじゃない。―――そんな芸術家なんて、私は認めない。そんな芸術なんて、いらない」
「それで―――紅莉……だから鏡也を」
「あら?お父様、いらしたの?」
 眼差しに射られ、絳河はようやく上げた顔を力無く下ろした。
「何も言う気が無いのなら黙ってて。昨日、お父様が黄の館に彼を呼ばなければ彼を殺さずに済んだんだから」
「……姉様……」
「ごめんね、黄莉。でも私は本当の事だけ言うって決めたから、もう少しここに居て。ね?」
 柔らかい声に、黄莉は泣きそうに歪んだ唇を引き結んだ。
「鏡也さんを殺したのは私」
「――――」
 改めてハッキリと告げられた言葉に、空気が揺れた。
「この子と離れるのが嫌で、自殺に見せかけようとしたけど……やっぱりそう上手くはいかなかったみたい」
 彼に見破られたしね、と紅莉は平次の方を見た。
 正確にはコナンを見ていたのだが、周りの誰もがそうは思わないだろう。
「これで、いいかしら?」
 そのまま首を傾げた仕草は、気付かなかったが黄莉に似ていた。
 もうひとつ、聞いてみたい事はあったが腕の中の彼の様子が気になっている。
 救急車はまだ来る様子が無い。来ればすぐにでも付き添って山を下りるのだが。
 平次の逡巡を突いて、小五郎が尋ねた。
「それでは、あとひとつだけ。……十年前、何があったのですか?言いたくなければ言わなくても構いません」
「言ったでしょう?本当の事だけを話すって。―――十年前にね、お母様が死んだの」
 あの”紅の部屋”で。
 黄莉はようやく思い至ったようだった。遠くに目を遣り呟く。
「ああ―――そういえば、母様は死んだのね……あれを死んだと言うのね―――」
「お母様は血を沢山吐いていて、気付いた時にはもう遅かった。私と黄莉はどうすれば良いのか分からなくて、お母様のベッドの前で座り込んでいたの。そうしたら、この男」
 絳河を指さし、絶望の塊を吐き捨てる。
「お母様の遺体を見た途端、作業場に駆け込んで布を染め始めたのよ―――」
 作業場の鍵はしっかりと閉じられていて、泣いても叫んでも父親は現れない。
 母親は少しずつ違うものになってゆく。泣いても叫んでも。
「僕が……見つけたんだ」
 落ちた沈黙を破ったのは剣司だった。 紅莉が応じる。
「そう、剣司さんに見つけてもらうまで、私達は二人だけだった」
 その頃別の染師の弟子だった剣司がたまたま屋敷を訪れるまでの、数日の間。
「今でも思い出せるよ。変わり果てた奥様の側で、黄莉ちゃんは意識が混濁していていつ倒れてもおかしくなかった。紅莉ちゃんがしっかり手をつないでいた。涙も涸れて表情も無くして……矢張り、紅莉ちゃんは先生を恨んでいたのか……」
「当たり前でしょう?勿論貴方の事もよ。―――その時、作業場で出来上がった作品を見たでしょう。お母様を……私達を放りだして作り上げた―――”紅の乱舞”を」
 恨まれても当然だ、と剣司は寂しそうに頷いた。
「ああ……先生が命を削って作り上げた”紅の乱舞”―――亡くなった奥様の姿からインスピレーションを得たと分かっているのに、いや……だからこそ、見蕩れてしまった」
「貴方もソレを芸術だなんて言うのでしょう?」
 皮肉っぽく上げた唇が、悲しく歪んだ。
「……でも、もういいの。私も”紅の乱舞”に―――お母様に、縛られていたのね、結局。もっと早く毀してしまえば良かった……只の、布なのに」
 立ち上がった紅莉は脇に居た警察官と扉の方へ向かった。黄莉は車の所まで付いてゆくらしく、腕を抱いている。
「―――あか、り……」
「何?お父様」
「………」
「さよなら」
 拒否でもなく、赦すでもない。
 何も期待しない目が、静かに通り過ぎた。

 

 一緒に紅莉を見送った蘭が、息せき切って戻って来た。
「救急車、来たみたい」
「やな。担架ここまで持ってきてもらえるよう頼めるか?俺、動けんし」
 抱いているコナンを揺らさないように気を付けながら応えた。
「分かった。平次君、付き添ってあげるんでしょう?」
「まあな。姉ちゃんはどないする?オッサンと残るか?」
 お父さん忙しそうだし、と蘭は首を振った。
「コナン君の様子聞きたいし、私も付いてく」
「ほな、行くか」

 

 

 

 


<IX>
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