サイレントサイレン <silent siren>


 

<III>

 

 舗装もされていない細い道を車は勢い良く走ってゆく。木綿子(ユウコ)の運転は道に慣れているようで軽やかだ。
 四輪駆動の馬力で一本道を登ってきたが、今まで誰とも何ともすれ違わなかった。
「他に人も車も通らないという事は、この辺りは誰も住んでないようですね」
「そうよ。この山ウチのだから、住んでいるのはあたし達だけ」
「そら……淋しそうやな。人里離れた山の中に家一軒で」
「言われる程でもありませんわ。生まれた時から住んでいましたし」
 助手席の亜麻子(アサコ)が応えた。新一の隣で更陽子(サヨコ)も頷く。
 後部座席に冷気が沈む。迎えに出て来た時もエンジンは掛けっぱなしだったようで、窓も開いていない車内は思いのほか冷えていた。
「そないなモンやろか」
「ええ」
 駅から見えた鳥居の前を過ぎる。褪めた赤色の大きな鳥居の後ろには、急勾配の階段が高くそびえていた。先は鳥居に区切られて見えない。
「立派やけど……登るの大変そうやなあ」
「あの先には、神社が?」
「普段は脇の緩やかな坂を登ってるみたい。宮司も居ない寂れた神社よ」
『あさって、おまつりがあります』
「おまつり」
「更陽子。別に関係無いでしょう、そんな事」
「姉さん、確かに麓の人達がやってるから私達には関係無いけれど」
「そういう意味じゃ――」
「そうね、結構賑わってるみたいよ。行くのを止めてから大分経つけど」
「木綿子。貴女も、」
「関係無いというと?」
「その日と前後だけ立ち入りを許可している、という感じかしら」
「ああ、成程」
『ちょうどよいときにいらっしゃいました』
「……その頃までお二人が滞在されるとは限りませんけれど」
 頭上で交わされる会話に一矢報いた亜麻子は助手席に座り直した。その物言いに新一は先刻の約束を思い出す。
「期限は三日、でしたね」
「ええ。私と木綿子には寝耳に水の話でしたわ。まさか更陽子が勝手に依頼をしていたなんて。知ってすぐ、お断り申し上げようと思っておりました」
「けど、せんかったんは」
「更陽子がどうしても工藤さんに依頼するってきかなかったのよ。それはもう、今までに無い位頑固で。それであたしたちが折れた訳。良かったわね、探偵さんに会えて」
 ルームミラー越しに笑んだ木綿子に更陽子が俯いた。顔がほんのりと赤い。
 隣の平次が意味有りげに口の端を上げ横目で見てきたが、よくある事と流して新一は質問を続けた。
 
依頼人から向けられる諸々の感情に対しては応える時と応えられない場合がある。今はそれよりも問題点を明瞭にする方が先決だろう。
「それでは更陽子さんが拾ったという、流れ着いた瓶の手紙については」
「拾ったのは更陽子ではありません」
「それは」
「うちの庭師です」
『常盤木さんが』
「ときわぎさん?」
 更陽子は読みが合っていると頷き、続けた。
『常盤木さんが私の名がかかれているからと』
「その人は何処に」
「管理人もお願いしてるから、館で留守番よ。着けば会えるわ」
「それでは、館に今住んでいるのは」
「私達と常盤木さんの四人よ」
「そうですか。――更陽子さんは受け取った時、どのように思いましたか」
 尋ねると少女は遠くを見た。何処へ思いを馳せたのか、ややあってノートに書き出した。
『いらいのてがみにもかきましたが、まえのよるにゆめをみました』
「瓶を拾った、という夢ですね」
 更陽子はこくりと頷いた。
 姉妹の両親が水難事故に遭ってからもう三年になるという。乗っていた船と共に沈み未だ遺体は確認されていないのだと説明された。姉妹が町に降りて住み始めたのはそれからの事だった。
『それでよくじつ、ときわぎさんからわたされて、ゆめのつづきかとおもいました。そのあとまさゆめだったのかと』
「筆跡は似ているのですか」
 再び頷いた。
『私は両親からのてがみだとおもっています』
「まさか」
「――更陽子さん、続けて下さい」
 姉の発言を遮り、困惑した妹を促す。
『走りがきの方は……母の綾子(アヤコ)の字に似ている、とは言い切れませんが……詩の方は父の字です』
「皆さんの父親――絹斗(ケント)さんはこういう詩のようなモノを書かれる方だったのですか」
「手習いでね。好きで書いてたみたい」
「本読みのする事ですから、大した腕ではなかったわ」
『私はすきでした』
「……まあ、好き嫌いといえる程のレベルではなかったわね」
 素直に好きと言えばいいものを、妹に先を越されたからか長女は回りくどい愛情表現だ。表に現さないのか、現せないのか。
 ――現さない事を常としている内に、自在には現せなくなったのか。
 ポーカーフェイス。それは身を守る鎧だけれど、脱げなくなってしまえば身体に重く、動けなくなる。
 自分と同じように。
「……工藤?」
 隣から掛けられた声が、新一の内側へ落ちていこうとする思考を引っ張り上げた。そして、気付いた。
 空間にゆとりの無い後部座席で何気なく送られた合図。触れている、彼の腕のあたたかさ。
 気遣いの言葉を出される前に、話を進める。
「ああ、悪い。――
それでは、お二人は瓶の手紙についてはどう思われているのですか」
「――確証は何もありませんし」
「あたしも違うと思う。今になって流れ着くなんて」
「沈没するからこそどうしても残したかった、とは考えられへんと?」
「そう考えるには三年の月日は長過ぎました」
「三年――か」
「ええ」
 経た月日の重さに言葉が途切れた。エンジン音ばかりが大きく響く。
 覆っていた無言を断ち切ったのは長女だった。
「とにかく。解決されてもされなくとも、更陽子が納得してもそうでなくとも三日間と区切らせて頂きます。本日も含めて」
「分かりました」
「更陽子も。分かったわね」
 剣幕に脅えたように末娘は頷いた。亜麻子は余程関わり合いになりたくないらしい。更陽子の為に仕方なく、という感じだ。
 三日間。この短い間でどれだけの謎を解く事が出来るのか。
 今は何もかもが不透明だ。先を見通す為の材料はまだ僅か。
「さ、そろそろ着くわよ」
 中の娘は今の諍いも気にしていないようで、変わらず明るい調子でハンドルを右に切った。鬱蒼とした森の景色を抜ける。
 途端、目の前一面が光り輝いた。
「――うわ」
 思わず口から声が漏れた。
 窓を開けていればきっと潮の香りで気付いていただろう。
 視界の切れ目まで一面に広がった、海。
 眩しさに二度三度瞬いた。
「こらまた……ええ眺めやなあ」
「驚いた? 山の中なんだけどね、海の側なの。つまりは崖みたいなトコに建ってるって訳」
『ふべんですけどすきです』
「したら更陽子ちゃんは戻って来て嬉しいんやな」
 頷いて笑んだその言葉に、姉二人の表情がふと曇った。
 更陽子本人は気付いていないようだったけれども。

 

 

 

 


<IV>
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