サイレントサイレン <silent siren>


 

<VII>

 

 呼ばれ通された食堂は前夜の諍いとはまるで反対の、静かな朝食だった。
 亜麻子は結局遅くまで待っていたのか、盛んに目を瞬かせている。何かといっては口を開いていた木綿子も、静かにパンを囓っていた。呼びに来た更陽子も余り眠っていない筈だが、まだ元気そうに配膳をしていた。
「あの、亜麻子さん」
「……何でしょう」
「ご両親の部屋を拝見したいのですが」
「ああ……今はこの館の鍵は常盤木が持っています」
「お借りしても?」
「どうぞ。三年前からそのままですから、何があるとも思いませんが」
「ええ。ただ、あの手紙に関連のある何かが見つかるかもしれませんし」
「常盤木さんなら庭仕事してたわよ」
「そうですか。――じゃあ、あの松の辺りに居るかもしれませんね」
 緊張の糸が走った姉妹に気が付かない振りをする。
「更陽子さん、崖の側に生えていた松の木、分かりますか?」
『はい――いいえ』
 怯えた表情の更陽子が、それでも丁寧に文字を綴る。
『あるのはしっていますが、そこにいったことはありません』
「どうして?」
『あのばしょ、こわいです』
「ああ、崖が危ないからね」
『がけ、こわいです』
「松の木は?」
 頷いた。高さが危険だから怖い、というだけでも無いようだ。
「何でやろな」
 首を振った。分からない、けれど怖い。近づけない、それなのに離れられない。
『いまからそこにいくんですか?』
「そうだよ」
『わたしもいけばなにか、わかりますか』
「――そうかもしれない。そうじゃないかもしれない、けど」
『わたしも、いきたい』
 怯えの中にも強い意志が見えた。腕を掴んできたその手の震えを、新一はもう片手で包んだ。隣で平次も頷く。
「――せやな。したら一緒行こか」
「更陽子――」
「そうね……行ってらっしゃい」
「姉さん!」
「大丈夫よ。もし――もし、何かあっても、お二人が守ってくれるのでしょう?」
「当たり前や」
「だって、姉さん――」
「更陽子が自分から行きたいって言ってるんですもの。だったら、私は任せるわ。貴女は?」
「……分かったわよ。更陽子、気を付けてね」
 言って木綿子は優しく頭を撫でた。

 

 

 左手から強い力を感じて、柔らかく握り返す。
 不安で覆われた顔がこちらを見上げた。
「大丈夫だから」
「せや。大丈夫やで」
 更陽子越しに平次も笑んだ。両手をそれぞれの手と繋ぎ、更陽子は頷いた。
「そうだ。更陽子さん、今度良く見るっていう夢の話、教えてくれるかな」
『ええ――今でも』
「後でで構わないよ。ノートにまとめておいてくれてた方が分かりやすいと思うんだ。僕にも、貴女にも」
『分かりました』
 やはり昨日と同じく崖の側で、緑の傘に陰った常盤木の姿を見付けた。
 それでもゆっくりと歩を進める。一歩一歩、先に進んでいる自分を確かめるように。
 松の剪定にかかり切りだった彼が何か感じたのか、ふとこちらを見遣る。途端、顔が強張った。
「更陽子様――」
「精が出ますね」
「え……ええ。もう少し形を整えたくて。しかし更陽子様、どうしてここまで」
「自分で来れば、何か分かるかもしれないと。今までここに来られなかった理由が」
「まさか」
 更陽子は頷く。その顔に真剣さを見て取って、常盤木は言葉を止めた。
「常盤木サンは知っとるんと違いますか。更陽子ちゃんがここに来られんかった訳を」
「いえ――いいえ。知りません」
「ホンマに?」
「ええ……ここに居るのは私の娘だけですから」
「もしや、千世さん……ですか」
「――はい。一人娘の千世は、十年前に事故で死にました。娘はこの場所が大層好きだったものですから、絹斗様に無理を承知でお願いして娘の形見をここに埋めさせてもらったのです」
「事故……ですか」
「ええ。事故です」
「どんな」
「――不注意で、転落を。駆けつけた時にはもう遅かった」
 俯いていた顔が崖の先を見る。
『常盤木さん』
 二人から離れた更陽子が常盤木へ近付き、そっと手を握った。
「……済みません、更陽子様」
 歪んだ表情で彼が辞儀をする。涙を堪えているのか。
 そこに別な感情は無いのかと二人は冷静に様子を伺う。
 彼の言葉は真実だけではない。取り繕ったのは、おそらく更陽子を慮っての事だ。彼女の居ない時に再度訊かなければと目を合わせ軽く頷いた。

 

 

 元々の用件だった鍵を預かり、屋敷へと戻る。
 来た時と変わらず両手を二人と繋いで歩く彼女の顔に生気が戻ってきていた。
「どや? スッキリしたやろ」
 更陽子にとってはそうだろう。平次が自分の疑問を余所に尋ねると笑顔で頷いて、しかし何かを思い出したように立ち止まった。
『おまつり』
「え」
『おまつり、いきたい』
「あの神社の?」
『はい』
 一旦両手を離し、ノートを開く。
『いけばおもいだすかもしれない。どうしてわたしがはんぶんになったのか』
「更陽子さん。貴女の何、が半分になったというのですか」
『わかりません』
「分からんて」
『ははからずっといわれてきました。あなたは神社ではんぶんになったのよと。けれどなにがはんぶんなのかはわからないままです』
「だから確かめよう、と」
『だれもおしえてくれませんでした』
「俺らはええけど、また姉ちゃん達がアカンて言うかもしれへんで」
「それは大丈夫。きっと」
「何で――ああ」
 新一の視線に気付き、館へ目を遣る。
 直ぐに消えたが、窓影にあった姿は姉二人のモノだ。おそらく心配して物陰から様子を伺っていたのだろう。
「それじゃ、明日だね」
 首を振る。
『こんや』
「え?」
『今夜は夜宮です』
「お帰りなさい」
 玄関を開けると、様子を伺っていた木綿子と亜麻子が何喰わぬ顔で奥から現れた。
「更陽子、大丈夫だった?」
 頷いて笑んだその顔に安堵したようだ。
「戻りました。所で夜宮――とは何ですか」
「よみや? ああ、宵祭りの事よ。前夜祭、の方が分かりやすいかしら。小さいけれどね」
「ああ、だから今夜なんだ」
「夜宮――まさか、更陽子。貴女」
『おまつり、いきたいの』
「ちょ、ちょっと!」
「分かったわ。行ってらっしゃい」
「あたしも――あたしも行く!」
「いいえ。更陽子が自分で行くのよ。工藤さん達に任せて、私達は居ない方がいいと思うの」
「――でも」
「神社までの送迎は私達でしましょう」
「常盤木さんは」
「流石に……あの人までは誘えないわ」
「そう――そうよね。……分かった」
「何で誘わへんのや」
「――え」
「祭り。別に普通なんやろ。俺らも行ける位なんやから」
「……ええ。町の祭りだし」
「あの、留守番が居てくれないと。――ね、木綿子」
「そうよ。この家空にしていけないもの」
「そうですか」
 姉妹の誤魔化したような会話をひとまずは受け取る。
 あ、と木綿子が何かを思いだして声を上げた。
「――そうそう、今から父さんの部屋に行くのよね?」
「せやけど」
「だったら、私も一緒に行くわ。確か仕舞っておいたのがまだある筈」
「何か、あの手紙に関係あるモノでも?」
「違う違う。別件よ」
 言って洋服だと浮いちゃうだろうし、と付け足した。

 

 

 

 


<VIII>
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