風花雪籠 <kazahanayukikago>


 

 空は薄く晴れている。
 水に溶かした青色のような天には明瞭な陽の姿は見えず、呆と白い光が雲を透かしている。
 雲の上。陽の間。
 その辺りにはきっと籠が括り付けてあるに違いない。
 竹で編んだ大きな籠。
 その籠目から零れ、舞い降りる白い欠片。
 風花。

 

 

 頭上遙か彼方で、雪籠がゆらりゆらりと揺れている。
 風花がはらりはらりと舞い降りる。

 

 

 ならば籠の中味が薄紅色の欠片であれば、これは桜だ。

 

 

 頭上遙か彼方で、花籠がゆらりゆらりと揺れている。
 その籠目から零れ、舞い降りる薄紅色の欠片。
 桜花がはらりはらりと舞い降りる。
 雪籠。花籠。それだけの違い。

 

 

 雪上に仰向けに倒れ天を眺めていると、唇に欠片が溶けた。
 血の味がしたそれは或いは、桜の花弁だったかもしれない。

 

 

…………<I>…………

 

 目の前に広がるのは一面の銀世界。
 ぐるり見渡した平次の頬が思わず緩んだ。
「おーおー、ええ雪やんけ」
 天気、晴れ。視界良好。程良く寒く、麓は特に風も無し。絶好調のスキー日和だ。
 ロッジに着いてすぐスキーの用意をした。ここまで来る間は寒いばかりが口をついたが、実際ゲレンデまでやって来てブーツに板を取り付ければ一年の不義理が嘘のように足にしっかりと馴染んだ。何度かその場で踏み込んで、感触を確かめる。
 両手のストックを使いながらの準備運動で念入りに身体をほぐし、手近のリフトに乗り込む。
 流石にメインの季節なだけあって客は多く、混雑しているが、どうせ今の所は自分一人だけだ。連れを気にする事もない。
 
まずは慣らし運転、と乗り継がず一本だけでリフトを降りた。
 降りて直ぐの平面に固まって座っていたスノーボーダー達を後目に数歩滑り出る。スノーボードの用意も一緒にロッジに送っていたが、そのまま部屋に置いてきた。ボードはボードで直線的な滑りが速度と相まって勢いが付くのが楽しいが、やはり馴染むのは子供の頃から叩き込まれたスキーの方だ。
 まあ、明日をボードメインにしても構わないし、――時間だけはたっぷりあるのだから、好きなように滑れば良い。自分に言い聞かせるように、再確認する。
 とにかく、シーズン初滑りだ。まずはそれを楽しもうとゴーグルを掛け、気合いを入れた。
「よっしゃー、いっくでー!」
 力強く雪を蹴って雪の斜面へ飛び出した。

 

 

 何度か降りてはリフトで上りを繰り返し、慣れてきたあたりで別なコースに移動しようと違うリフトに乗り込んだ。
 乗り継ぎ、上級者コースに向かうリフトの上で、平次は首を巡らせる。
「ドコに居るんやろ……アイツ」
 広いゲレンデは賑わっており、色とりどりのウェアに帽子、それにゴーグルを被ってしまえば年齢も性別も人種もすっかり埋もれてしまう。その中から何処で滑っているかも分からずウェアの色さえも知らない人物を発見するなど、容易には出来ないだろう。分かってはいるが落ち着き無く目を遣っている自分に気付き溜息を吐いた。
  滑っている間はスピードの快感に任せて何も考えないでいられるのに、身動きの取れないリフトの上ではどうしても色々と思考を巡らせてしまう。
「……まあ、ええわ」
 もしかすると今回、会う事も無いかもしれない。姿を見る事すら、無いかもしれない。
 それは今まで彼を避けていた自分にとっては願うべき状況である筈なのに、胸の奥にチリチリと灼けるような痛みを覚えた。

 

 

 あの夏から。
 彼を――新一を置いて逃げた、あの夏の駅から。
 この師走も下旬になるというのに、平次は一度も連絡を取らなかった。
 いや。何とか、連絡を取ろうとはしていた。情報は、好むと好まざるとに関わらず入ってくる。何処の事件を解決したとか、そういう事に関しては。
 その度に何度も、ケータイに手を伸ばしては止め、バイクで駆けようとしては止めた。
 声が聞きたい――けれど、何を話せば良いのか。
 姿が見たい――けれど、どんな顔をすれば良いのか。
 その度に鮮やかに甦るのだ。あの夏の駅の、あの瞬間を。目眩と共に。
 ――
あんな事をしておいて。
 自らの意志で、彼にキスしようとしておいて。
 言い逃れが出来ないのであれば、残された手段は沈黙しかなかった。
 彼から連絡が来る筈もなく、――来た所で応答はしなかっただろうから結局同じ事だ――確かだった筈の彼との繋がりが、たやすく消滅した。
 彼の気持ちを聞く以前の問題で、――聞けない、から。
 自分から壊してしまった。修復も叶わない程に。
 だから、拒絶されてしまうのなら諦めもつく。拒絶されても仕方がない行動を取っていた。
 けれどもし、「これからも友達でいよう」などと言われてしまったら、どうすればいいのか。
(もう出来ひんわ……アイツのダチで居るなんぞ)
 誇りを持っていた。彼の友人である事に。
 自分の恋愛感情に気付き、かなぐり捨てたその誇りを、彼に再び持つように強制されてしまったら。
 ――友人として側に居られる感情すらもう取り戻せない。
 壊すのは、簡単だ。改めて思い知った。
 無意識に顔に手を遣る。リフトの持ち手を強く握り締めていたらしく、グローブから錆びた匂いがした。

 

 

 けれど、秋も更けた頃合。
 もう思いを断ち切ってしまおうと平次が無理矢理感情をゆるやかに下降させ着地点を探している間に、問題が発生した。
 それぞれの幼馴染みが、どう誤解したのか二人が喧嘩していると思い込んで作戦会議を開いたらしく、仲直りさせようと双方の親を巻き込んで冬休み中のウインターバケーションのプランを立て始めたのだ。
 父親達は元から不参加だったが、母親達が実は昔顔馴染みだった上に妙に馬が合ってしまい、温泉がある所がええですわ、とかじゃあ良くお世話になっているロッジなんてどうかしら、などとたちまち予定が組み上がってしまった。それも、旅行代丸ごと親抱えで。
 何の道楽や、行くんなら仲良う女四人だけで行けばええやろ――と母親に突っ込んだのだが、終いまでは抗えず無理矢理連れて来られる事になった。
 和葉から女のネットワークを介した新一の様子も、同じようなモノのようで、どうして乗り気にならないのが不思議で仕方が無いのだと彼の幼馴染みも言っていたらしい。
「せっかくアタシと蘭ちゃんで計画立てたんやから、工藤君と仲直りするんやで」
「へーへー」
「ちゃんと聞いてるー?……もう。――平次」
「何や」
「もしかして、ホンマに、工藤君嫌いなん?」
「……アイツが、多分嫌いなんや」
「工藤君が?平次の事?まっさか。平次が嫌いやないんやったら、仲良うせなアカンよ」
 彼女には関係の無い事だ。そう言い返したかったけれど、何倍の言葉で返されるか容易に予想がついたので適当に応えた。
 しかし、顔を合わせれば散々煩く言っていた幼馴染み達が、都合が悪くなったと急に参加を取りやめたのが数日前だった。
(――)
 そして先頭切って企画していた母親達はというと、それより先にこの旅行から抜けていたのだ。服部家では父親の急な出張で留守番、向こうでも父親の渡米に同伴と理由も似たようなモノだ。
「キャンセル代どうすんねん」
 これで旅行はキャンセルだろうと母親に聞くと、しかし予想外の答えが返ってきた。
「工藤君は行く、言うてるらしいわ」
「――ホンマか」
「電話があってな。由希子サンから聞きましたさかい。で、アンタはどうすんの」
「行かへん」
「ホンマに?」
「……」
「平次、工藤君一人にさせとくつもりなん」
「せやかて」
「一人でも行く、言うてはるんやて。あの子」
「――キャンセル代、全額やろ?勿体無いなあ」
「せやけど、お金の問題と違います」
「分かっとる。……しゃあない、か」
 やはり心配だった。
 いくら体調も夏より戻っているだろうとはいえ、雪山に出ずロッジに籠もっているかもしれないとはいえ。……せめて確認出来れば。
 それに。
(『ゴメン。……アタシ、行かへん』)
 そして思い出す。幼馴染みから投げられた、数日前のその言葉。
(『――優しいね、平次は』)
 引きずる訳ではないけれど、そこからも逃げたかったのかもしれない。どれもこれも無かった事に出来る可能性など、無いのだけれど。

 

 

 


<II>
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