緋色の証


 

 

 パトカーが夜を赤く染め走っていった。
 中から手を振った子供達に手を振り返し、残された四人は迎えの車を待つために駅まで歩きはじめた。最初こそ四人まとまって歩いていたが、徐々に彼女達との距離が離れていっているのに気付いた。振り返り、位置を確認して溜息を吐く。
「ったく、オンナは連れになると歩くの遅なるなあ。なあ工藤」
「……」
「工藤?」
「――ひいろ、か」
 コナンの独り呟いた言葉が平次の耳に届く。
 信金強盗犯は逮捕され、ひとつの家族が甦った。万々歳の結果だというのに、その呟きに含まれた感情に引っ掛かって聞き返す。彼もまたそれを望んでいるだろう事を知りながら。
 一番大事なことは決して誰にも話さない彼の呟きは、おそらく誰かに耳を傾けて欲しいから発するのだ。特に今その相手は自分しか居ない事も知っている。
「ひいろ」
「スカーレット」
「……その緋色、か。先刻の事件に何か関係あるんか」
「ん、まあ……いや、大した関係じゃないけど。何となく気になってさ」
「万事上等に解決したやんけ。他に何が」
「なあ服部」
「何や」
「どうしてあの女、緋色づくめだったんだろう」
「あー……あのオンナか。犯人の片割れの。真っ赤っかで目えオカシなるかと思たな」
「だからさ、あの色に拘る理由。ヘアピンまで塗り潰して」
「安モンでごっそり買い込んだんやろか。家宅捜査したら他にも同じよなピンごろごろ出てきよったしなあ。ご丁寧に全部同じ色や」
「それで、まあ事件とは直接関係無いけどちょっとな」
「ん――」
 彼が引っ掛かっている緋色の意味。何故彼がそこに引っ掛かるのかと言えば、自分に思い当たる節はひとつ。
 しかしそれを告げても良いものかと一瞬逡巡した。
「――そりゃあ……工藤」
「何だよ。何か分かってんのかよ」
 けれど見上げる真摯な瞳に、是非はともかく自分の推理として話してしまおうと決めた。例え彼の真実が何処にあろうとも。
「多分、お前と同じ理由や」
「え」
「お前の着とるスタジャンのココ、とな」
 言って平次は軽く握った拳で彼の上着をノックするように叩いた。その心臓に近い場所。
 縫いつけられているアルファベットのKの文字を怪訝そうに見て、コナンは困惑の表情を更に深めた。
「……は?何だよソレ、意味分かんねえよ。第一コレは蘭が買って来て勝手に着せて――」
「何ぞ言うてたか?姉ちゃんは」
「えっと……確か『コナンくんのKだし、買っちゃった』とかって」
「ほんでお前もそう思とると」
「しゃあねえだろ。イニシャル付きなんてこっ恥ずかしいけど」
「ちゃうやろ。お前にとってそれは、」
 一呼吸置く。彼が思考を止めていたという事実が重い。
 それともそこまで思いを巡らせた自分の方が重いだろうか。気の回しすぎで片づけられるのであればいっそその方が楽だ。
「――『工藤新一』のKや」

 

 

 コナンは歩みを止めた。
 見上げる彼の目は見開かれ、僅か開いた唇は動かない。予想もしなかった回答に混乱しているのか空白の時が流れた。
「な――に、が」
「……ま、歩きながら話そうや」
 後ろの彼女達は当分追いついて来そうに無いが、それでも少しでも距離があった方が良い。促すと途切れた思考が戻ってきたようで、再び歩き出しながら必死に考えを巡らせている。
「大体、お前のコナン・ドイルの綴りはCONAN DOILやろ。……俺が言うまでも無いけどな」
「……じゃあ、蘭は」
「んなの俺が知るかいな。単にボケとったか無意識に答え引き当ててるか或いは反応を伺って――は無いやろけど」
「俺も最後は無いと思うけど……けど」
 彼の混乱は未だ収まらない。順序立てて話していない自分に思い当たり話の整理を始める。
「やからな。あのオンナの話に戻るけど、アカシなんやと思うわ」
「……アカシ」
「証拠、の証」
「ああ」
「自分が自分やという証、自分を形作るシルシや。それをあのオンナはあのドギツイ色に求めて」
「俺はコレだって言うのかよ。そんな――」
「全部を、とは言うてへんよ。極一部でも、や」
 全身に緋色を纏う女。その色に自分を重ね合わせそれこそが自分であると言うように。
 そうして彼はKの文字に『工藤新一』を垣間見る。
「……」
「別に否定しても構わんで。気の回しすぎ、でもかまへん。けどそれが、俺の推理や」
 黙り込んで歩く彼に殊更明るく声を掛ける。
 拒否も出来る。黙秘も出来る。真実がどこにあるにせよ、どう振る舞うかは彼の自由だ。
 ややあって彼が口を開いた。
「……服部」
「何や」
「だったらさあ」
「お、認めたか」
「お前のソレも、そうだよな」
 指さした先には、帽子。
「――」
 予想外の反応に逆に黙り込んだ。自分で言い出した割には自身については全く範疇に入れていなかった事に気付く。
 しばし考えを巡らせ、結局逃げを打った。
「……ま、そうかもしれへんしちゃうかもしれへん、って事で」
「んだよ。推理とか何とかって、先刻の威勢はどうなったんだよ」
「るさいわ」
 どう足掻いても追いつめられるなら実力行使とばかりに当の帽子を彼に被せた。視界が狭いとか歩きづらいとか色々文句が聞こえたが、本当に気に食わないなら直ぐに脱ぐ筈だと無視して歩く。
 後ろから声が飛んできた。思ったよりも近い距離に彼女達は居るらしい。
「何かコナン君、小さい服部君みたいね」
「せやせや。そういえばおそろやったしなあスタジャン」
「……脱ぐ」
「まーまーまー。前見えんなら手え引くで?」
「いらね――」
 まあまあと手を掴み、引っ張る。
「ほれ、走るでー!」
「何でだよ!」
 帽子を目深に被る彼の耳が赤いのに気付いたから、とは言わないまま駆け出した。

 

 

 

 


end.

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