ハナフリ


 

 

 花揺り揺られ、桜咲く。

 

 

 満開の桜に囲まれた内は剥き出しの地面がぽっかりと口を開けていた。
 以前同じ時季に確かに在った筈の寺がすっかり消え失せている。
「……何にも、ねえのな」
「火点けた自分が言う台詞か」
「アレは燃え広がらないようちゃんと計算してたんだよ」
 言い返した新一にどうだか、というように平次が苦笑した。
 荒れるに任せたこの土地からあの事件を連想させるモノは何ひとつ見当たらない。
 取り壊されたと聞いていなければ春の朧な夢と片づけてしまえそうな。
 そういえばあの時も満月で――
「結局まだ死に損ねてるって訳だ」
「あん時は必死やったなあお互い」
「お前が余計な傷こしらえなきゃもっとラクだったけどな」
「ホンマや。せやから工藤にも揃いの傷跡つけよ思った――冗談や冗談」
「服部、お前俺の事殺したがってんだろ。あんな酷い風邪モドキ引いてたってのに斬りかかって来るし」
「んな訳あるか。……あー、あれはちょっとしたスキンシップって奴やん」
「真剣でな」
「スキンシップも真剣にやらな」
 反応するのも面倒なので流すと、平次が間を置いてぽつりと呟いた。
「……ホンマはな、あん時」
「ん」
「お前の姿見たかってん」
「……」
 平次が伸ばした指が新一の耳元に触れた。
 ゆっくりと輪郭をなぞり顎でふと止まる。
「命かけてたお前の姿を、ひとめ見たかったんやな」  
「……服部」
「ん」
「俺も、お前の姿を探してた」
「……」
「あん時置いてったのは俺なのにな」
「おー、ごっつ淋しかったで俺。やから会いに行ったんや」
「命がけで?」
「命がけで」
 顔を見合わせ二人で笑む。唇が触れる。
 満月の下のひそやかな口づけ。

 

 

 花降り降られ、桜散る。

 

 

 

 


end.

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