ナツノモドリ


 

 

 エアコンが壊れた。
 折しも今日は久方ぶりの夏日。
 夏日にならなければおそらく冬までは気付かなかっただろう。それ程までに、夏はとうに過ぎ去っていた筈だった。
 最後の望みと乾電池を取り替え二、三度リモコンを操作したがやはり何の反応も起こらなかった。
 溜息を吐き、汗ばんだ身体で長椅子にもたれた新一は、何も動けないように指先だけでTVを点ける。
 それは夏に負けなかったようで、直ぐに映像が現れた。
 映像と同様に唐突に湧き上がる喚声に目を瞬く。
「――ああ、そういえば」
 四角い枠の内は盛夏だった。
 土と、青空と。扇形の白い縁取り。
 点在している高校球児が夏に映えている。
「……まあ楽しそうで」
 面白くなさそうに呟き、取り出した携帯で彼の番号をダイヤルした。
 半ば嫌がらせだけれど残りの半分は羨ましさだ。
 こちらはにわかに戻ってきた夏に辟易しているというのに、随分と夏と宜しくやっているような画面が面白くなくて。
『もしもーし。どした?』
 けれど、直ぐに電話を取られるなんて予想外だ。
 てっきり熱中して電話など気にしないかと思っていたのに。
 TVよりも何倍も烈しい音に紛れそうな彼の声。
「……ああ。観戦中か」
『何や工藤、テレビも観とらんのかー?今ええとこなんやで』
「忘れてた」
 どうせTVの音なんて聞こえないだろうと知らない振りを決め込んだ。
『何や何や、昨日俺があんなに言っといたんに』
「今年は平和に観れそうだな」
『まあなあ。去年は爆弾騒ぎで観戦どころやなかったからなあ』
「……こっちは今観戦どころじゃねえけどな」
『? こっちうるそうてなあ、聞こえんのや』
 じわり滲む汗が鬱陶しい。手近にタオルを持って来なかった事を悔やんだ。
「何でもない。……今、どの辺」
『四回表。同点に追いついたトコや』
 目の前で繰り広げられている光景が声で耳に伝わる。
「へえ。好勝負って奴。ま、甲子園には魔物が棲んでるっていうけどな」
『その台詞、今年は聞きたくないわ……』
「どっちが勝った所でとりあえずは平和だろ。じゃあな」
『何や、もう切るんか』
「だってお楽しみの最中だろ」
『……まあ、めいっぱい楽しんではおるけどなあ』
「年に一度だろ。邪魔しないからめいっぱい楽しんでれば」
『何や、言葉にトゲあらへんか』
「別に」
 喉元を伝う汗をシャツで拭う。
 湿った暑さが滲むよりも灼熱の陽射しを浴びた方が数段ましに違いない。
『……ほんなら、このまんまにしとくわ』
「――は」
『ケータイで試合中継したるから、まんま聞いとき』
「……なんで」
『やって工藤、ここに居らんから』
「無駄遣いだろ、それって」
『せやな、掛け直すわ』
「……そういう意味じゃなくって――」
 続けようとした言葉を断ち切って。
 強い金属音が、尾を引いて響き渡った。
 耳元から、枠の中から聞こえてきたのは戻ってきた夏の音。

 

 

 


end.

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