静かな夜


 

 

 ふつりと会話が途切れて、快斗は椅子に深く凭れて伸びをした。
 言葉が無くとも居心地の良さは変わらない。
 探がテーブルに置いたグラスの音がやけに響いた。
「……静かな夜だ」
「そうか?」
「彼を追うサイレンの音が無いだけで、十分静かじゃないかい?」
「こんな最上階のスイートじゃ、虫の飛ぶ音すらしないだろ」
「高い所はお好みだと思っていたけどね」
 言われて立ち上がり、一面の窓の側に佇む。
 見れば一面の闇に所々でぼんやりと光る赤。目を落とせば遙か底で輝く沢山の光。
 馴染みの風景に、何とはなしに安心する。
「好きだぜ。昇れば後は落ちるしかないってあたり」
「君にしては刹那的な」
 背後に歩み寄った気配が笑んだ。
 伸ばした手がすぐ側に置かれる。振り向けばきっと触れてしまうような、そんな距離。
 けれど快斗は振り向こうとはせず、窓の外の景色を眺めている。
「……お前、何か勘違いしてるな」
「勘違いも何も、君と居れば彼は現れないという事位しか知らないけど?」
「ヤツも人間だって事だろ」
「どうして」
「魔法使いじゃねえって事だ」
 流石に分身は出来ねえしな――と心で呟く。
 はぐらかしももう言葉遊びの様なものだ。互いに知っていながらも、あえて核心だけは口にしない。
 最早その名前も出さない程の。
「おやおや。マジシャンという名は伊達なのかい」
「それでも一応は人間だしな……ってお前も日本に戻って来た途端ヤツの話かよ」
「生憎、この地で僕が興味を覚えるのは彼と君の存在しかないものでね」
「俺の事なんかどうでもいいだろうに、暇なヤツ」
 憎まれ口を叩きながらも、後ろへ凭れかかる。
 身体全部で抱きとめられた。
「君の為に戻って来たというのに、酷い言われ様だ」
「頼んでない」
「確かにね」
「……しばらく居るんだろ」
「素直じゃないな、全く」
 探は大仰に溜息を吐き、快斗をゆっくりと抱きしめた。

 

 

 

 


end.

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