ウソ800キス800
――――――”ウソ800”>>side S>>
「お前なんか、嫌い」
先刻確かにそう言った筈だった。
なのに奴は、背中を向けたまま即座に言ってのけたのだ。
「それ、嘘」
だから、もう一度言った。断言した。
「嫌い」
「嘘」
やっぱり通じなかった。 笑いながら数歩先を歩いている。
こっちも早足になり、勢い早口になる。
「嫌いだって」
「嘘や」
「嫌いだよ」
奴は立ち止まり、こっちを向いた。
頭を撫でられた。
「本当に、ウソ八百並べ立てるの得意やなー工藤は」
「……」
嘘八百。
言われてみれば今まで同じような嘘を繰り返し繰り返し吐いていた。
その度に、奴は笑んで言うのだ。 「嘘だ」と。
嘘じゃないと嘘を更に吐く。これで何度嘘を吐いたことか。
きっと八百回までもう少し。
八百回嘘吐けば、八百一回目は真実を言えるだろうか。
奴の目をじっと見る。
言った。
「お前なんか、大嫌い」
*****
――――――”キス800”>>side H>>
「―――お前なんか、大嫌い」
じっとこっちを見る奴の目が、言葉とは裏腹な事に気づいているのか。
嘘吐いても、演技してても、目だけは真摯だ。
それはきっと、誰にも見せてはいない。
それはきっと、
「オレにだけやもんな、工藤」
「……な…にが」
片手で腰を、もう片手で頭を引き寄せ、抱きしめる。
「!……服部、」
「決めた」
何を、と疑問の形に広がった奴の唇を唇で塞いだ。触れた先から、ひりひりとした痺れが身体に巡ってゆく。
それは奴も同様で、離した唇は空気を求めて喘いだ。
「……何、すんだよっ」
嘘を閉じこめるには、塞いでしまえばいい。
「せやから、キスすることにしたわ」
「はあ!?」
「工藤がウソ一回吐く毎に、キス一回。どや?」
「……何で」
「お前ウソ得意やし、オレキス得意やから得意なモン同士ってことで」
破られる事が前提の約束。
この間だけ起動する、どちらかというと嘘に近い、約束。
「………」
「お前がウソ吐く毎にキス出来るなんてラッキーやなーオレも。……ん?どした?」
「なあ服部、一つ訊いていいか」
「何や」
ゆっくりと奴が視線を上げる。目が合った。
合った目がキラリと光った、ような気がした。
「じゃあオレがウソ吐かなかったら、お前はオレに一生キス出来ないんだな?」
「……まあ、そうなるわな」
演技に演技を合わせる。更に駄目押しの台詞を重ねた。
「……で?オレの事、好き?」
「大大大嫌い」
「―――それ、めっちゃ嘘」
笑んで答えた唇に、笑いながらもう一度唇を重ねた。
振り出しに戻った話はゆきつもどりつしながらもきっと永遠に続く、らしい。
end.