桜のあいだ


 

 バイクの止まる音。
 かたり、と金属製の蓋が開いて閉まる音。
 バイクの走り出す音。
 玄関の内側で足を投げ出して座り込み、読書に夢中になっていた新一はその連続音で自分の場所を思い出した。
 郵便受けに差し込まれた郵便物が、何通か見える。
 白いDMの中から鮮やかな緑の封書を取り出し、流し書きだけれども思いの外整った字の表書きをひっくり返した。
 溜息、ひとつ。
「……なんだかなあ、アイツも」

 

 差出人は、服部平次。

 

 

『今日、お前んトコに手紙送ったから。明日には届くと思うから、見てや』
「はあ?手紙って……今話せば済むんじゃねーの?」
『ああ、まあそうなんやけど。ちょっとな、面白いモン見っけたから』
「そんな勿体ぶった用件なのかよ」
『……そやな。ちっちゃいコトはちっちゃいけど、今逃すと出来へん、そんな用事、やな』
「……へえ」
『まあ、明日の手紙を楽しみにしといてや。どっこも行かんで待っといて』

 

 

(……言われた通り、何処にも行かないでやったからな。これでしょーもない内容だったら、只じゃあおかない)
 憮然としながらも、新一は少し厚みのある封筒の端を注意深く切り取った。
 中から出てきたのは、辞書のコピーと、ノートを破り取ったメモのような手紙。

 

 ―――『桜のあいだに会いに行く』

 

 手紙のようなメモには、その一文だけ。
 そして、コピーされている辞書はおそらく国語事典で、さ行の項目が、「さくら」も含めて525p・526pの2頁分。
 これはおそらく
「リドル……俺に謎掛けしようって?」
 ちっちゃくても大きくても、謎は謎。
 新一の口元が、少し上がった。

 

 

 どういう流れで平次が手紙を出すに至ったかをまずは考える。

(アイツ、昨日図書館で調べ物してる時にきっと思いついたんだろうな。それで辞書コピーして、ノートの切れっ端に文書いて、今日届くように急いだんだろう。封筒はまあ、近くの文房具店で買ったんだろうけど、切手……はコレ、昨日の日付の印字シール……郵便局まで行ったのか?って事は、確実に届く様にしたかったから?なら速達のが早いだろうに……)

 そして、内容物を一つ一つ吟味してゆく。

(525pは左頁。526pは右頁。2枚バラバラで入ってる。なんで524pと525pの見開きじゃないんだ?……あ、「さくら」の項目が、525pの最後から526pの頭にまたがってるからか……『桜のあいだに会いに行く』……桜は先月で終わったし、二人で見に行ってまた事件に巻き込まれたけどそれはあんまり関係無いだろうしなあ……)

 ―――『今逃すと出来へん、そんな用事、やな』

(「さくら」の「あいだ」―――ああ、今日は)
 新一は珍しく朝からひとつも鳴らない携帯で日にちを確かめると、短縮ナンバーを押した。
 ざわついている音の中、声が聞こえた。
『もしもし』
「服部、今何処に居る?」
 間髪入れずに質問を投げかけると、平次は苦笑している様だった。
『―――何や、やっぱりもう解ってもうたか』
「速達だとあまりにも日にちが特定されるからだろ?だから、わざわざ普通郵便にしたんだな」
『せや。でも届いて良かったわー。明日やったらシャレにもならん』
「明日は日曜だろ。届く訳ないって」
『月曜……ますますシャレにならんわ』
「だな。……で服部、今何処に居る?」
 電話の先から聞こえる雑音で見当は付いているけれど。
『米花駅着いたところや。も少し待っといて』
「ああ、わかっ……いや、お前待ってて。俺行くから」
『はあ?おいくど……』
 喋ってる暇はない。一方的に携帯を切ると直ぐに家を出た。
 5月末にしては肌寒いけれどもう一枚を取りに戻る余裕は無い。

 

 

 

 「さくら」の項目は、辞書の左下から始まっている。

 その更に左に、頁数を示す"525"という数字がある。

 次頁右上に「さくら」は続くが、頁数を示す"526"という数字は右下の右の端だ。

 

 つまり、「さくら」の項目の隙間には"525"がある。

 そして今日は5月25日。

 

 

 

 知らず早足になりながら、新一は考える。
 会ったら何て言ってやろう。
("時期外れもいいトコだったなあ"……それとも"ちょっとは時間潰しになったよ"……いや、)

 

 

 

「そんなに俺に会いたかった?」

 

 

 

 

 


end.

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