指先遊戯


 

 

「なあ」
「んー」
「工藤、寝えへんの」
「もー少し」
「もう少し言うて、読み終えるまでそれ離さへんのやろ」
「俺はいいから、先寝れば」
「なあなあ」
「……るさい」
 取り上げようと伸ばした手から本が逃げた。
 本に目を落としたままソファーから身をずらし離れる新一の仕草は、言外に邪魔だという姿勢がはっきり見て取れる。
 呼びかけても綺麗に無視され、頭に実力行使の四文字が浮かんだが実行しようものならどんな結果が待っているか、など推理するまでも無い。
 とりあえず彼との開いた距離を近づけようと、平次はソファーの下に座り込む。
「手、出し」
 一応耳には届いているようで、本のページをめくった手がそのまま伸びてきた。
 すっかり冷えてしまった指先に手を添え、ゆっくりと刺激を与える。
 爪の周り、関節、指の付け根、そこから掌へと波のようにマッサージを繰り返す。指の一本一本を丁寧に揉みほぐしているうちに、じわりと温かみがにじみ出した。
「つくづく、血行悪いで自分」
「………」
 相変わらず返事は無いが、拒絶も無いという事は別段不満でも無いらしい。
「もう片っぽも出し」
 言いながら温まった片方をマッサージから解放すると、新一は本から目を離さないままページをめくる手を替えた。
 差し出された手は先程と同じように冷えている。末端神経に柔らかく刺激を与え、体温を引き出す。
 けれどそれでもまだ人並みとは言えない温度を、もう少し上げたくなった。
 それにはこの温め方だけでは足りないと、刺激の与え方をすぐには気付かれないよう変えてゆく。
 マッサージから、愛撫へ。
 指の間をゆるゆると移動し、螺旋を描くように先へと指を滑らせる。
 手首を軽くひねって内側の血管を爪先でなぞった。
 手の甲から指先へ、掌で絡みつく。
 そのまま持ち上げた指に頬を当て、舌で触れた。
「―――」
 新一の身体が微かに震えたのが口に含んだ指から伝わったが、構わず愛撫を続けた。
 紙をめくる音がいつの間にか止まっているのに気付く。
「……もう読み終わったんか?早いな」
「――止めさせたい癖に」
 白々しい問いに憮然と答えが返ってきた。
 見上げると、ページの進まない本から目を離した彼がこちらを見ていた。
 集中力が切れたらしい表情に、平次は笑みを濃くする。
「俺は只マッサージしとるだけやし。あったかくなったやろ?」
「………」
「で、続けてええんやな?他に凝っとる処あるやろうし」
「……バーカ」
 投げられた言葉と裏腹に、本が音を立てて閉じられた。

 

 

 

 


end.

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