視線の欲望


 

 

 夜の続きのような朝だ。
 枕元のケータイを摘み、画面に浮き上がった光に平次はようやく時間を知った。
「……確かに朝、やよなあ」
 二ケタではない表示に安堵する。二人揃って夜まで寝坊では、何のための休日か。
 耳を澄ませても外から水音は聞こえてこない。とすれば、本当に曇なのだろう。
 わずか開いた遮光カーテンよりももっと厚く、重い、亜鉛のような空を想像する。
「くどう――朝や、」
 隣で寝ている彼に声を掛けようとして言葉を止めた。
 薄暗がりに浮かぶ彼の顔。
 上掛けの隙間から垣間見える、彼の身体。
 白く透るそれの首筋に浮かぶ赤い斑点に昨夜の情交の痕跡を認めた。
「――」
 しかし快楽を際まで鮮やかに思い出すには、聞こえてくる寝息がやけに規則正しくて。
 それにその深い呼吸をしている彼の寝顔が、余りにも無防備で。
 しばらく呆と眺めていたが片手の重さに気付き、手の先に握っていたケータイを思い出した。
 何とはなく手持ち無沙汰だったので折り畳みのそれを開き、弄んでいるとカメラモードが起動した。
「……っと」
 デジカメ並の画質とはいえ、滅多に使う事の無い機能だ。使うといえば事件の折り位で普段は起動すらしていない。
 画面を覗けば壁が映った。少しずらせば、カーテンの波。
 ゆっくりと角度を落とす。逃げた枕、ベッドの縁、流れる黒髪。

 ケータイのレンズを通して、画面の中の彼を見遣る。
 何にも囚われないような、無防備な寝顔。

 

 

 無機質なレンズが、視線の欲望を拡大する。

 彼の目が覚めれば、もうまみえる事も無いこの光景。

 この彼の一時を。

 永遠に――

 

 

「――止めた」
 音を立てないよう、二枚貝をそっと閉じた。
 自分の器官の一端を、ケータイごときに担わせる事も無い。
 他の事ならいざ知らず、彼の事に関してだけは。
「はっとり」
「――起きた、か」
「起きてた」
「……げ」
 眉間に皺を寄せ、薄目を開ける。その仏頂面に慌てながらも何処かで安心した。
「撮ったら投げてた」
「ドコへ」
 彼が指差した先の水槽を見て、平次は胸を撫で下ろした。

 

 

 

 


end.

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