魔女の大鍋


 

 

『スープのゆげはだいだいいろ。たべきれないからおすそわけ』
 玄関のチャイムが鳴って、哀は眺めていたケータイを閉じた。
 まあ早い。
 彼にメールを送信してから何分も経ってないのに。
 玄関の映像は、確かに新一だった。家から軽く羽織って出てきたのだろう、寒そうに上着の前を合わせている。
 少し遠慮がちな表情の彼の後ろ手に柄が見えた。
「鍋ごと持ってきたって訳……遠慮が無いわね」
 笑みに辛辣な言葉を乗せ、側の帽子を被る。
 箒も持って出た方がいいかしら。
 玄関に立ててもいいけれど。――逆さにして。
 あからさまな嫌がらせに心が浮き立って、その通りにした。
「魔女の館へようこそ」
「……灰原、お前が言うと全然シャレにならないんだけど」
 黒いワンピースは裾が幾重にも散って、ウエストから膨らんでいる。黒いとんがり帽とセットで小さい魔女の出来上がり。
 姿見で確認している。自分で言うのも何だが、
「似合ってるでしょ。あとは……黒猫も調達したかったわ」
「調達って……何かの材料かよ」
「ああ、鍋でグツグツ煮込むとか?」
「……スープって、まさか」
 オレンジ色の匂いが漂う中、にっこり笑う。彼が一歩退いたのに更に笑みを深くした。
「冗談よ。上がって」
「お前の冗談はどこまで本気なんだか……」
 廊下を歩く後ろで溜息が吐かれた。
「そう?」
「さっきのメールだって何の暗号だって一瞬首捻ったぜ」
「マザーグースの出来損ないみたいだけど、あれは本気。貴方も素直に来てくれたじゃない」
「本気ならもう少し普通のメール寄越せって。まあ、今日が今日だしな」
「こんなに早く来るとは思わなかったけど」
「そっか?もう夕方だし。……あ、長居はしねえから」
「嫌ね。箒にそんな意味は無いわよ」
 台所では大鍋から湯気が立ち上っていた。普通のガス台に、普通の金属の鍋なのが少し残念だ。
 哀は帽子を脇に置き踏み台に上がって、鍋の様子を見る。
 橙色も鮮やかな、カボチャのスープ。
 味見をして、彼にも一口。
「……これ、灰原味付けしたのか」
「そうよ。ハカセに裏ごしまでしてもらって、あとは生クリームに調味料に……」
「に?」
「……美味しいでしょう」
「俺は材料の語尾が気になるんだけど」
「美味しいでしょう?」
「確かに美味いけどさ……」
「どうぞ、好きなだけ」
 木の杓子を渡すと、新一に当惑した表情が広がった。
「好きなだけ、って言われたってな」
「あら、私にそんな大仕事をさせようって言うの?混ぜるだけでも大変なんだから」
「似合ってるけどな」
「それはそれ。手伝うとか、そういう言葉は出ないのかしら」
「……分かったよ」
 彼の出した鍋は大きくは無いけれど、小さくも無く。
「ご両親、帰って来てるの」
「何だよ突然。んな訳ねえだろ。向こうでハロウィンパーティーじゃねえの」
「じゃあ、誰か来るのかしら」
「――」
「鍋。貴方一人分では大きいかしら?と思って。それとも、急に食が太くなったのかしら?それとも――」
「灰原」
「なあに?」
「――魔女」
「お褒めに与り光栄ですわ」
 スカートの裾を広げ一礼する。
 脱力した彼から、そっか、お前には褒め言葉だろうななどと失礼な言動が返って来た。

 

 

 逆さの箒の魔力が効いたのか、彼はおおよそ二人分を手持ち鍋に移し替えると、挨拶もそこそこに玄関へ向かった。
「そうだ、ハカセは」
「穴開けた殻を持って子供達と合流したわよ」
「あれだけのスープだし、でっかいカボチャお化けだろうな」
「親カボチャお化けと子カボチャお化けが数体、貴方の家にも突撃する予定」
「げ」
「準備を疎かにしないでおくことね」
「菓子を用意しとけって事か」
「それに、せめて玄関口に出られる位の状態でいてよ」
「……どういう意味だよ」
「本気で心配してるのよ」
「そういう時に冗談って言うんだろ」
 急に熱の上がったような、そしてそれをひたすら隠すような彼の声に笑んで応える。
「――冗談よ」
 彼の望み通りの答え。
 けれど流れる沈黙に、彼の望み通りでは無い事を知り哀は軽く息を吐く。
「お菓子、宜しくね。それじゃ」
「あ――ああ」
 ひらひらと手をはためかせ、笑んでドアを閉めた。
 ――いたずらか、ごちそうか。
 今日の決まり文句が頭をよぎる。
「……御馳走したんだから、悪戯したっていいわよね?――ちょっと位」
 ドアノブを脇に見ながら扉に凭れ、おそらく立ち去りがたく板を隔て直ぐ側に居るだろう彼に向かって呟く。
 それは冗談のような、本気。

 

 

 

 


end.

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