夏の鬣 ナツノタテガミ


 

 

 光る。光る。
 波打ち際で向かってくる波を、水平に切るように足を素早く回す。
 成功すれば波は力無く落ちて口惜しそうに戻ってゆくけれど、上手く出来なければ反撃で塩水を浴びる羽目になる。
 足元の不安定さもあって、そのさじ加減が難しい。
「あっ……ちくしょ、」
 胸元で水が弾ける。
 今の所、負けが一つ多い。
「工藤。何やっとんねん」
「足腰鍛えようって訓練」
「えらく不確かな訓練やな」
「いーんだよ。どうせ海には入れないんだし」
「せやかて、んな頭から水被って……帰りどないするんや」
 俺のバイク錆びさせる気か、と平次は呆れたように溜息を吐いた。
 盆の季節を過ぎ、海水浴の時期を過ぎて無人の砂浜が、海が、空が鮮やかな色を失くしつつある。
 それでも日射しに光る波に新一は夏の名残を拾い上げ、惜しむように戯れていた。
 無邪気に、けれど必死で、去る夏を掴み取ろうとする姿はまるで子供だ。
「海の家かて無いんやから真水も浴びられへんし」
「帰りには乾くって」
「ほんで塩まみれの荷物ひとつ出来上がり、てな」
 ここに来るまでは去る夏をただ眺めるつもりだったのだろう。
 平次もそのつもりでいたから着替えを用意する頭もなく、そして今後悔のただなかにいた。
 比べて彼といえば呑気にもう一蹴り、と構えている。
「塩なんて払い落とせば――っわっ」
 思ったより強い波に片足が攫われそうになりふらついた。
 抵抗出来ず傾いた身体を途中で支える。流石にこれ以上濡らすには忍びない。
「あーあー。負け込んできたで」
「……るさい」
 苦笑を隠せずに彼の顔を上から覗き込むと、肩を支えられたまま足を回して水を蹴り上げた。
 舞い上がる光の軌跡から次々に襲いかかる煌めきに反応する間もなかった。
 塩の匂いに鼻を詰まらせていると、彼が笑いながら身体を離した。
「――っ!恩を仇で返す気か阿呆!」
「一緒に濡れれば気にならないだろ」
「言うたな――ほれ!」
 距離を取った彼に向かって大きく振りかぶると横投げの姿勢で波を切った。
「な――狡い!それ、ナシ!」
「アリや。ったく自分ばっか得意な足技使いよって」
「手癖悪いヤツに言われたくないね」
「こっちこそ――足癖悪いヤツに言われとうないわ」
 見合わせた不敵な笑顔は子供の名残。
 水の音が、高く低くさざめいた。

 

 

 寄せる波、跳ねる水。波打ち際で、光る。光る。
 二本の夏の鬣。

 

 

 

 


end.

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