永遠の子供 <the eternal child>


 

 赤い。
 とろとろと赤いものに包まれた、子供の工藤―――”コナン”。
 四肢が、身体が、顔が、無言のままゆっくりと赤に沈んでゆく。俯く顔から表情は見えない。
 このままでは、全てが沈んでしまう。
 目の前から、彼の全てが消えてしまう。
「―――!!」
 がむしゃらに、手前の赤を掴む。そのまま力任せに引っ張り上げた。


 ふわり………ぱさり。


「く……どう?」
 引き寄せた赤が布と変わり、身体に巻き付くように幾筋も垂れ下がる。

 

 

 布の下には、何も無かった。

 

 

 

…………<I>…………

 

 西の探偵の突然の来訪に、早朝の毛利探偵事務所は混乱に満ちていた。
「よ、おはようさん」
 笑顔で手を振る平次に、今三階の住居から下りてきたばかりでまだ事情が良く掴めていないコナンが渋面で尋ねる。途中で声を変え、抗議を質問にすり替えて全員にアピールしつつ。
「……で?何でお前が……『平次兄ちゃん』が、どうしてここにいるのー?」
「あ、コナン君ー。平次君、なんかあなたの事心配してやって来たみたいよ?」
 蘭が、何かあったのかなあと不思議な顔で首を傾げる。奥で小五郎が寝惚けた声でツッコミを入れた。
「わざわざアッチからかー?ヒマなんだなあオメーも」
「オッサンと一緒にせんといてや。オレは丁度秋休みで都合がついたからなあ、く……『コナン君』の様子を見に来たんや」
 だからって、と言いかけたコナンを小五郎の不機嫌な声が遮った。
「だからって朝イチに来るか?それに俺達はこれから仕事なんだよ。オメー、コナンと一緒に残るか?」
「ええー。ボクもいきたい」
 事件、という意味の仕事では無いにせよ、何でも見てみなければ気が済まないコナンが不満の声を上げる。当然ながら平次はその仕事の内容が気に掛かった。
「何処まで行くんや?仕事て」
「バーロー、依頼人の名前を明かせるか」
「いいじゃないお父さん、服部君にも来てもらおうよ」
「これ以上、ガキのお守りはゴメンだ」
 ぷいと横を向いた小五郎に、蘭がひとつ溜息を吐き、平次に向き直った。
「もう……あのね、これから”クレナイ コウガ”……こんな字を書くらしいんだけど―――『紅 絳河』っていう染色師の家に行くの。なんでも、赤い色ばかりを染めているから”紅の業師”とも呼ばれてるんだって」
「あか」
「うん」
 ―――とろとろと、赤いものに包まれた彼。
「染色……って事は、布も染めるわな」
「うん。作品集見たけど、布も染めてあったよ。真っ赤で綺麗だったの。でもコナン君が、本物の方がもっと綺麗だって。ね?」
「うん。紅花から取り出す赤って、昔はすっごい貴重品だったんだって。……って学校で習ったんだ」
 ―――引っ張り上げた赤が、布と変わる。
 頭を振って夢の光景を追い出し、平次は告げた。
「オレも行く」
「な!?」
「オレもついてく。……いやー、小五郎のオッサンの名推理が見たくて楽しみにしとったんや。な、ええやろ?名探偵」
 口八丁ならお手の物。口先ばかりの褒め言葉に、小五郎はあっさりと乗ってきた。
「おーおー!オメーもオレの偉大さがようやく理解できたようだな!仕様がねえ、存分に見せてやるからついてこい!」
「おおきにー」
「良かったね、服部君」
 おおきに、を繰り返す平次の後ろから冷たい声が聞こえた。
「おーおー、心にも無い事を」
 振り返り、声の先に背を丸める。小声でのやりとり。
「事件の為なら舌も回るちゅうねん。で、どんな事件なんや?おっきいんか?」
「あのなあ、事件に大きいも小さいもねえよ……と言いたいトコなんだけどな…」
 口ごもる彼は半笑いで、微妙に視線も逸らしている。
「……?」
「ま、続きは車ん中で話すから」

 

 

「なにー!?盗品調査ー?で犯人は大体目星がついてるやと!?なんやねん、それ」
「まんまだよ」
 前の席では小五郎と蘭が何やら話をしているようだが、どの窓も全開にしているせいで、車の中でも話声がこもらず、余り聞こえない。 逆に言えば、後部座席でひそひそ話す分には前にも聞こえることは無い。
「そんなモンに、工藤出張るんか?うわー勿体な。ちゅうかオッサンの推理すら要らないんちゃう」
「あのな。良かったんだよ」
「何が」
 風に髪を揺らしながら、余り面白くなさそうにコナンが言う。
「金払い」
「かー。私立探偵やから言っても、ホンマ勿体無いわー」
「しゃーねーだろ、一応保護者なんだし……。で?服部、行くの止めるのか?興味無くなったろ」
 ま、ここで車降りても戻りようが無いけどなと皮肉をひとつ飛ばし、平次の顔を覗く。
 けれどいつになく口元を引き締めたその表情に、少し驚いた。
「……止めへん」
「なんで」
「夢見たんや。赤い布の」
「………」
 唐突な話に、コナンは口をつぐんだ。朝の話を思い出す。
(そういえばコイツ、俺が心配になったから来たって言ってたっけ……)
「血みたいに赤い色に工藤が……『コナン』が埋もれて行くんや。でオレは助けだそうと血みたいな赤を懸命に引っ張った。したら何本もの赤い布になってオレの身体に垂れ下がって、」
「服部」
「けど布の下にお前は居なかった」
「夢だよ、只の。それにオレはピンピンしてるし」
「でこれから行く先が赤色ばっかり染めとる『紅の業師』の家。奇妙な一致や」
 只の夢をあれこれ現実と引き合わせようとするのは正しくはない。夢は、あくまで夢だ。
 けれどそう言いたくても、話に夢中な平次の耳には届かない。
「聞いてんのかよ、おい」
「……ま、オレが居れば百人力やけど?口だけでなしに腕も立つで」
「お前に守ってもらう筋合いなんてこれっぽっちも無いけどね。……ったく、嫌な夢見たからってこっちだっていちいち心配されたくないっての。―――保護者なんて、これ以上いらないっていうのに」
 独り言と化した最後の言葉を平次が掬い取って、言った。
「ええよ。オレがそうしたいだけやから」
「………」
「工藤はいつもの工藤がエエし」
 無邪気な笑みを浮かべる平次に何か言おうとコナンが口を開くと、蘭が笑顔で振り返った。
「何喋ってるの?本当、あなたたちって滅多に会わないのに仲良いよね」
「まあ、会わないゆってもメール……」
「おい!」
 コナンが携帯を持っている事はまだ知られてはいないし、知られる訳にはいかない。それを思い出した平次は咄嗟に”工藤新一”を話に出した。
「……あー。工藤からのメールに時々コイツの事書いてあったりして、な?」
「そう!新一兄ちゃんからのメー、じゃなくて電話に時々、平次兄ちゃんの事が……」
 なんとか話を合わせた二人に、不機嫌な蘭の声が突き刺さった。
「わたしは?」
「え」
「私、の、事は?」
 ”工藤新一”は鬼門と表裏一体だという事も忘れていた二人は顔を見合わせ、後ろめたさも相まって蘭をなだめにかかる。
「……そりゃあ、時々……な、なあ?」
「そうそうそう、時々」
「―――」
 更に口を開こうとした蘭に、小五郎が告げた。
「おいお前達、そろそろ着くみたいだぞ……蘭、もう一回地図見てくれ」
「あ、はーい」
「………」
 安堵の溜息がふたつ、こっそりと漏れた。

 

 

 「紅の館」の名物だという赤い屋根が、遠くからも良く見えた。

 

 

 

 


<II>
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