永遠の子供 <the eternal child>


 

<II>

 

 開け放たれた門から入ると、玄関に至る中程でスーツ姿の女性が出迎えた。
「遠くからようこそいらっしゃいました」
「ああ、どうも」
 女性は見事な黒髪をなびかせて一礼すると、口元に笑みを浮かべ小五郎を見た。スーツを着こなしてはいるが、年はまだ若いようだ。しかしそれでいて余り動かない表情は年相応には見えず、コナンは気になった。
「毛利様でございますね?先生がお待ちです」
「―――は、はい!この度はお招きに預かり……」
 美人には滅法弱い探偵のしどろもどろな答えに、やれやれと残り三人で首を振る。その美人の女性はといえば、何やら怪訝な顔をしている。
「あの……?三名様と伺っておりましたが」
「いやその……これは、娘の友人でして。何でも、先生のお仕事ぶりを是非拝見したいと」
 モノ扱いかい、と平次は内心で毒づきながらも表面だけはにこやかに受け答えをする。
「そうなんですわ。よろしゅうお願いします」
「まあ。先生も喜ばれますわ。どうぞ、こちらへ……」
 指し示した玄関には、もうひとり若い女性がいた。
 スーツ姿の女性とは対照的に、カントリー風の柔らかなピンクのワンピース、肩にはストールをまとっている。
 表情が、察する年齢に比べてどことなく幼い。
「ほら、黄莉。あなたもご挨拶なさい」
 黄莉、と呼ばれた玄関の女性は、ぱたぱたと歩いてくるとコナンの目の前に立った。
「あなた、おなまえは?」
「……僕?コナン。江戸川コナンっていうんだ。よろしくねお姉ちゃん」
 突然の問いかけに戸惑いながらも、子供らしさを演じるのはもう手慣れていた。
 しかし黄莉は、首を傾げて不思議な表情を浮かべる。
「おねえちゃん?あかりねえさまのこと……?」
「?」
 こちらも思わず首を傾げた。おそらく全員で。
 目を泳がせるとスーツ姿の女性が黄莉の色素の薄い頭を軽く撫で、コナンの方へ向き直った。
「あ、ごめんなさいコナン君。あのね、黄莉はあなたと同い年位なの」
「―――?」
「と……言うと」
 目の前の女性はどうやっても小学生には見えない。
 新一と同い年、という意味なら分かるけれども。
「 ……妹の黄莉は、10年前……私が10歳の時に母を亡くしてから6歳で時間が止まったまま、今までを過ごしているんです。だから、コナン君と同い年位……だと思っていて……」
 さらりと言いたいつもりでも、やはり所々で表情が、言葉が詰まっている。何とも言えない状況で、小五郎と蘭は顔を見合わせる。
 ―――体は大人でも、心は子供。
 正反対の存在である黄莉を見上げ、複雑な表情を浮かべるコナン。
 その様子を、平次が気遣う様に後ろから見ていた。
「わたしは『ささめ きり』。こなんくん、あっちであそぼ」
 屈んで黄莉がにこりと笑った。脇で小五郎が思い出して声を上げる。
「篠目……というと、あなた方姉妹は」
「自己紹介が遅れまして申し訳ありません。私、『篠目 紅莉(ささめ あかり)』と申します。『紅 絳河』こと『篠目 竜人(ささめ たつひと)』は私達の実父ですわ」
 紅莉は仕事の顔に戻って答えた。
「いやいや、随分とお美しい秘書の方かと思いまして……」
「秘書というか、父の―――先生の、身の回りの仕事を全て引き受けております。いわば、雑務ですわね」
「ねーねーこなんくん、どんぐりいっぱいあるとこおしえてあげる」
「え―――ちょっ」
 二人が話している側で、黄莉がコナンの手を引っ張った。
 大人の強さに、体ごと持ってゆかれそうになる。
「なんや、俺もまぜてーな」
「あたしもあたしもー」
 平次と蘭の声に、黄莉が首を振った。
「いや。こなんくんとふたりであそぶの」
「すっかり気に入られた様だな、コナン」
「ほんに、羨ましいこっちゃ」
「………」
 遊んでるだろ?と視線を投げかけるコナンに平次は苦笑した。
 紅莉が黄莉に向かって柔らかく微笑む。
「同い年の子が珍しいのだと思います。滅多に子供がここに来る事は無いし……でもね黄莉。まずお父様にご挨拶しなければいけないでしょ?遊びに行くのはその後でね」
「……はあい」
 渋々頷いた黄莉は、それでもコナンの手を握りながら一緒に赤の館へ入っていった。

 

 

 応接間で出迎えた”紅の業師”―――紅絳河は、写真で見るよりもずっと若かった。
 束ねた白髪で老けて見えるものの、肌や表情はまだ若い。もしかすると小五郎と年は大して変わらないかもしれない。
「これは毛利さん。わざわざこんな辺鄙な場所にお招きしまして済みませんな」
「いえいえ、このような素晴らしいお屋敷、一度住んでみたいものですよ」
 小五郎がぐるりと見渡しながら言う。確かに、派手さはそれ程ないものの細部には凝った造りがなされており、豪奢な屋敷といえそうだ。
 絳河は満足気に話を続ける。
「10年前にここに移築したのですよ。都会に近いといえど、ここまで山奥であれば仕事にはもってこいですから」
「さっき、このお屋敷の側に離れみたいなものを見かけましたけど……?」
「ああ、あれは建て増しした工房です。私達は『黄の館』と呼んでおりますが」
「はあ、黄の館……」
 紅と黄ばっかりや、と平次は少しうんざりする。余程この家の主は紅と黄に執着しているらしい。
 紅と黄―――ああ、そういえばとコナンは得心する。それならば執着する理由も分かる。
「そうだ紅莉。黄莉と二人で皆を黄の館から呼んで来てくれ。毛利さんに紹介したい」
「はい、かしこまりました」
 二人が出てゆき、扉が閉まってしばらくの間沈黙が流れた。  
「……ああ、えーと。このまま本題に入らなくて良いんですか?絳河さん」
 探偵という事は伏せ、知人という触れ込みで来て欲しい、と頼まれたということまでは平次も聞いている。その方が仕事がやりやすくなるから、という事らしいが、結局の所未だそれ以上の情報を得ていない。
 小五郎が問うと、絳河は打って変わって苦悩の表情になり低い声でもう少し後で、と頭を下げた。
「まずは私の弟子達を紹介しなければなりません。込み入った話はそれからということで……皆様くれぐれも、内密にお願いいたします」
「……はあ……」
 訝しく思いながらも、不承不承頷く。
 程なく扉がノックされ、弟子らしき男性3人が作務衣姿で入って来た。絳河は背筋を伸ばし、先刻の鷹揚な態度を作る。
「失礼します」
「おお、全員来たか。こちらは、先日個展にいらした折りに意気投合した方で、作業風景を是非とも御覧になりたいということでお招きした、毛利さんとそのご家族だ」
「どうも初めまして。お邪魔して申し訳ありません」
「初めまして。紅 剣司(くれない けんじ)です」
「私は紅 鏡也(くれない きょうや)と申します」
「紅 珠明(くれない たまあき)です。どーも」
 三者三様の挨拶で、顔かたちすらも全く似ていない。おそらく自己紹介の順に弟子入りしたのだろう。
 しかし名字が一緒だと何故か兄弟の様に見えるから不思議だ。
「お弟子さん……名字一緒なんやな」
 平次の問いに、後から入って来た紅莉が答える。
「家族を模する事によって、より絆が深まりますから」
「紅莉さんと黄莉さんは……?」
「私達は弟子ではありませんし。それに、私の名字が紅だと呼びにくいと思いません?」
「確かに。それもそうですね」
 蘭がくすりと笑う。つられて紅莉も微笑んだ。
「毛利さん達、昼食はまだですね。宜しければ召し上がりになりますか」
「ああ、それはもう喜んで」
 率先して小五郎が答えると、絳河は弟子達の方を振り返った。
「剣司、鏡也、珠明。今朝言った通り、今日の作業は午前中で終いだ。後は自室に引き取るように」
「はい」
「黄の館には鍵を掛けるから、作業を済ませるのなら今行ってきなさい」
「はい、では失礼します」
「直ぐに私も行くから。紅莉、お前は毛利さん達のお相手を」
 三人が出てゆく後から声を掛け、絳河が振り返ると紅莉は困った顔をした。
「黄莉の姿が見えないんです。渡り廊下までは一緒だったのですが」
「……ああ、では先に黄莉を探して来なさい。申し訳ありませんが毛利さん、昼まで少しくつろいでいて頂けますか」
「そうですなあ……」
 納得しかける小五郎に、コナンは何しに来たんだと思いながら声を上げた。
「ボク、お兄さん達の布染めてるとこ見たーい!ね、蘭姉ちゃん」
「私も。お邪魔でなければ少し工房の様子を拝見したいです」
「―――ああ、そうでしたな。作品は幾らでも紅の館にありますが、作業の様子は黄の館でないとお見せできませんから。どうぞ、いらして下さい」
 作業風景を見に来た、という名目を思い出した絳河はホッとした顔で答えた。

 

 

 

 


<III>
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