サイレントサイレン <silent siren>


 

<II>

 

「工藤新一様は」
 降りた駅の改札を抜けて直ぐに声を掛けられた。
 改札を出る前からこちらを見つめるその姿には気付いていた。敵意や憧憬、興味がないまぜになった複数の感情。その中に流れる戸惑いにも。
 無人駅に近いようなこの駅で、他に降りた客は居ない。次の電車を待っている客も居ない。
 がらんとした空間を白い陽射しと蝉の鳴き声が埋めていた。
 海の匂いがする。
 ここからはそんな光は見えないけれど。
「僕です」
 目の前には女性が三人立っていた。応えると、声を掛けてきた女性が軽く礼をした。
 三人の中で一番年上らしく、薄青の冷ややかなタイトスカートが印象的だった。
「私、ヒムカイの者です」
「依頼して下さった方ですか」
 そうではない、と新一は直感的に感じていたが言葉で確認する。果たしてその女性は首を振った。  
「いいえ。それは妹です――サヨコ」
 呼び掛けにぼんやりとこちらを見ていた年末らしき少女の身体がぴくりと跳ねた。
 真っ青なワンピースを着た少女は手に持っていたオレンジ色のリングノートを広げペンを慌てて走らせる。顔を真っ赤にしながらも精一杯笑んで、書いた文を広げて見せた。
『こんにちは。日向 更陽子です』
「更陽子は声が出ないので、言葉を喋る事が出来ませんの」
『筆記でおゆるしください』
 横書きで綴るスピードは速記に近く、筆記が生活の一部である事が伺われる。そして読まれる事を意識してもいるようで、流れながらも文字自体は明瞭に読み取れた。
 同時に新一は依頼の手紙に電話番号の無かった理由も諒解した。声が出なければ電話で話す事は出来ないだろう。
「今日は更陽子さん、僕は構いませんよ。達者な文章を書かれる方と思いましたが」
『まだ13才です』
「そうは見えんわ」
 道理で手紙の内容に比べ筆跡が幼い気がしていた。しかしそれにしてもあの手紙はきちんとした形だったと平次は思う。
「この子は本が大好きで、本の内容全部書き写して喜んでたりするのよ。だからだと思うわ」
 もう一人が笑顔で口を開いた。
 インディゴブルーのジーンズをすらり穿いた、闊達そうな姿の女性だ。
「ま、あたしにはとっても真似できないけど……ん、どうしたの更陽子。そんな事言わないでって? 何むくれてるのよ」
 苦笑して更陽子の頭を撫でる仕草を見るに、新一達より年上のようだ。
 出迎えた女性はそれぞれ雰囲気は違えど、三人とも造作に通じる所があった。
 同じ夏の青をまといながらも彩度に幅があるように。
「貴女方は姉妹ですか」
「そうよ。あたしは次女のユウコ」
「私は長女のアサコと申します」
 木綿子、亜麻子と更陽子が綴って見せる。最初に新一に声を掛けてきたのが長女のようだ。
「ご両親は紡績を生業にされていたのですか」
「え――あ、名前がそれっぽいからかしら?」
「ええ。皆さん織物に関連する字が入っているので」
『両親もそうなんです』
「へえ」
「確かに、両親の前の代まではそのような事にも携わっていたようでしたが」
「とっくの昔に手を引いて今は全然。残ってるのは屋敷くらいよ。第一、もう父も母も海の中で――」
「木綿子」
 亜麻子が鋭く名前を呼ぶ。その声に瞬間空気が冷えた。
「こんな所でお話する事でも無いでしょう」
「……まあ、ね」
 言われた木綿子は不服そうに唇の端を傾けながらもそれ以上は続けなかった。無言の中、更陽子が亜麻子の服の裾を引いた。
「何? 更陽子」
『あとで私おはなしします』
「……その必要が有ればだけれど」
 息を吐き、亜麻子はノートから視線を逸らした。
 木綿子へは断ち切った物言いだったというのに、更陽子に対しては微妙な言い回しだ。
「とにかく此処では誰が通るか分かりませんもの。――ところで」
 逸らせた視線が今度はこちらに向けられた。尖ったそれを真っ正面から新一は受ける。気負わず返すのには馴れている。
「何か」
「お連れの方がいらっしゃるとは、更陽子からは伺っておりませんでしたが」
『私もお一人だと』
 平次を素通りし更陽子に目を遣った亜麻子は、ふるふると頭を振る少女から再び視線を戻した。
 どうやら亜麻子には快く歓迎されていないらしく、醸し出す雰囲気に、言葉に棘があるのがありありと分かる。隠そうとしない辺りがより作為的だ。
 大ごとにしたくないのか、関わり合いになりたくないのか。
 どちらにせよ、実権を握っているらしい彼女に対してはなるべく丁寧に進めた方が良いだろう。
「出発間際に同行が決まったもので、ご連絡しました手紙が間に合わなかったようです。申し訳ありませんでした」
 あっさりと新一は非礼を詫びた。
 今日に間に合うか分からない手紙をあえて出した、その思惑はかけらも見せないまま。
 そういえば今紹介しようという彼にすら告げていなかった事を思い出した。
「彼も同じく探偵で、依頼遂行に協力してもらうべく呼びました」
「――服部平次、言います」
 軽く頭を下げた平次は自己紹介しながらも引っ掛かりを感じていた。この依頼の話を新一から聞いてから十日は経ている筈だが。
 考えを遮るようにぱちん、と音がした。
 更陽子が何かを思いだしたように手を打った。
『やっぱり』
「え」
『しってます、私』
「ホンマかいな」
『お二人、ゆうめいですもの』
 見上げる更陽子の瞳はすっかり憧れの感情を帯びている。有名人を見るような視線にはある程度馴れてはいるものの、それでもそれを向けられる度に感情の収まりがどうにも悪く感じてしまう。
「へえ、二人とも若いのに凄いのねえ」
 のんびりと木綿子が口を挟む。先刻の諍いなど全く無かったような口振りだ。気にしない性質なのか、それともいつもの事なのか。
 どちらかというと依頼内容自体への興味は余り無さそうな様子に見える。面白そうだからついてきた、そんな感じだ。
 曰くありげな姉妹の中でのその振る舞いが、ポーズだけかどうかはまだ分からないが。
「それじゃ更陽子、結局貴女はどうするの」
『私はぜひお二人におねがいしたいです。けれど、』
「けれど?」
『へやをひとつしかよういしておりません』
 おずおずとノートを広げ、見上げる。断られたらどうしよう、という少女の心配に思わず笑んだ。
「いえ、お構いなく。仕事に伺ったのですから泊めて頂けるだけで有難いです」
 新一が首を振ると更陽子は頭を下げ嬉しそうに微笑んだ。
 亜麻子は仕方がない、というように溜息を軽く吐いた。
「――では参りましょう。車を用意しております」
「遠いわよ」
「町中の住所だとお見受けしましたが」
「それは三年前からの仮住まい。元々の家は」
 高く持ち上がった木綿子の指がくるりと弧を描いた。
「あそこの天辺」
 指先の山の麓近くに鳥居が小さく見えた。

 

 

 

 


<III>
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